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英国の紅茶から見る食と歴史

4/21(日) 18:04配信

Japan In-depth

【まとめ】

・英中世、コーヒーを異端審問にかけようとした歴史。

・英のお茶の広がりは植民地支配が背景。

・外国の食文化はその歴史を知ることで正しい理解が進む。

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45328でお読み下さい。】



前回、フィッシュ・アンド・チップスに代表される英国料理は、産業革命期の労働者に高カロリー・高タンパクの食事を安価に供給したいという、権力側の思惑によって定着したものであると述べた。

もうひとつ、英国を象徴する飲み物とも言える紅茶だが、こちらは産業革命以前の、植民地獲得競争と不可分の歴史がある、と聞かされたら、驚かれるであろうか。もともとヨーロッパに広まった飲み物としては、コーヒーが先んじていた。

中世イスラム社会で、当初は宗教家や学者の眠気覚ましとして、やがて嗜好品として庶民にまで広まっていったコーヒーの存在が、商人や学者を通じて知られるようになったものだが、当初はイスラムに対する反感から、忌避する動きさえあった。

「キリスト教徒にとっての聖なる飲み物であるワインを、彼ら異教徒は飲むことができず、代わりにコーヒーを飲む罰を神によって課せられた」などという話が広まり、ついにはコーヒーを異端審問にかけようという騒ぎにまで発展した。

しかし、当時の法王クレメンス8世は「審問の準備のため」コーヒーを試し、その味と香りに魅せられた結果、洗礼を行って(!)キリスト教徒が飲用することを公認したと伝えられる。ちなみに、1600年頃の話だ。

実はイスラム圏でも、コーヒーは「人間を堕落させる」として禁止令が出されたことが複数回あったようだが、これはまあ、余談。

イングランドでは1650年、大学の街オックスフォードに最初のコーヒーハウスが開業し、17世紀を通じてロンドンはじめ各都市に広まった。ヨーロッパ大陸諸国と同様、顧客は主として生活に余裕のある階級で、コーヒーを飲みながらチェスや議論を楽しむのが、ある種のステータスであったようだ。コーヒーハウスの経営で大いに儲け、海運保険にまで進出したのが、日本でも有名なロイズである。

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最終更新:4/21(日) 18:04
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