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英国の紅茶から見る食と歴史

4/21(日) 18:04配信

Japan In-depth

ところが18世紀の半ば過ぎから、インド亜大陸の植民地支配が確立して行くとともに、大量の茶がもたらされるようになってきた。

この植民地支配の構図は、インドからは茶などを本国に持ち帰り、代わって綿製品などを売りつけるというもので、つまりは茶の「内需拡大」を通じて植民地の人々に一定の購買力を与える必要があった。

そこで官民挙げての「お茶を飲みましょうキャンペーン」が展開され、コーヒーハウスは次第に駆逐されていったというのが事実である。

英国式ミルクティーなどと聞くと、なにやら高級な飲み物のようだが、もともとは高価な輸入品であった茶を、安価な牛乳で割って飲む、という知恵であった。ロンドン生活の経験がある日本人の多くが、「本場の紅茶はやはりおいしい」という感想を書きとどめているが、ここにも実は秘密がある。ロンドンの水道水は、石灰分が非常に多い硬水なのだ。電気ポットなど掃除を怠ると、1ヶ月もしないうちに内部に石灰の膜ができてしまう。専門的なことまでは私にも分からないが、この水が、紅茶によく合うのだということは、経験上、事実である。

一方、英国では茶と言えば紅茶のことだが、これは、インド洋を船で運んでいる間に茶葉が蒸れてしまったのだが、たまたま香りが増したので定着した、という話がある。これは一種の都市伝説で、茶葉を発酵させて飲料にする方法は、インド亜大陸でも中国大陸でも、かなり古くからあった。

一方で、茶葉の輸送については、ウィスキーの銘柄になったことで日本でも知られるカティ・サーク号など、高速の帆船を多数建造し、鮮度の確保に心を砕いていたのである。

ミルクティーとは逆に、日本人から不当な誤解をうけがちなのが、英国の「午後の紅茶」につきもののキューカンバー・サンドウィッチだ。

読んで字のごとくキュウリを挟んだだけのサンドウィッチで、私自身、初めて食べた時は、やはり油ギトギトの魚のフライばかり食べていると、たまにはこういうものが食べたくなるのかねえ、などと考えた。

たしかに「飽食」とまで言われる現代の日本人の感覚では、こんなものは、キリギリスの餌じゃあるまいし、と思える。しかし、いにしえのイングランドではキュウリは高価で貴重な野菜であったので、つまりは「セレブ御用達」の食べ物だったのだ。このように、時代と共に食べ物についての価値観も変わることは、洋の東西を問わず、珍しいことではない。

日本の刺身にせよ、かつては脂身の少ない白身ほど高級だと考えられていたので(今もそう考える人は結構多いが)、マグロのトロなどは下層階級向けだとされていた。

ベーコンエッグにソーセージや焼きトマト、豆料理などを盛り合わせたイングリッシュ・ブレックファストにせよ、前回述べた通り労働者階級向けで、中流以上の家庭では、朝食はあっさりしたものが好まれる。エリザベス2世女王の朝食は長きにわたって、パンとフルーツと紅茶だけであると聞く。

ヴェトナム戦争当時、米国の情報機関(CIAか軍の情報部かは不明)からホワイトハウスに、「ヴェトコン(南ヴェトナム解放民族戦線)は深刻な食糧不足の模様」という報告がもたらされたことがある。その根拠は、

「彼らはネズミの肉を食べている」というものであった。

インドシナ半島のかなり広い地域において、古来ネズミが日常的なタンパク源であることも知らずに、こんな情報に頼っていたのも、敗因のひとつではあるまいか。

スペインという国は、正しくはイスパニアと呼ばれるが、これは「ウサギの土地」という意味だ。代表的なスペイン料理であるパエリアなど、日本ではエビやイカを入れるものと思われているが、あれは「パエージャ・マリスコス=漁師のパエリア」というバリエーションで、本場アンダルシア地方では、ウサギの肉を使うのが正調とされている。

他にも、ウンチクを並べ始めるときりがないが、総じて言えることは、外国の食文化というものは、その歴史も含めて知識を蓄えて行かないと、正しい理解に至ることはできない、ということだ。

だからこそ楽しいので、食文化について調べるのはやめられないが、もっと楽しく、絶対にやめられないのは、各地を旅して美味しい物を食べ歩くことである。

林信吾(作家・ジャーナリスト)

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最終更新:4/21(日) 18:04
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