ここから本文です

【ボクシング】「何事もポジティブに臨む」 だから長嶺克則は、挑戦し戦い続ける

4/21(日) 10:49配信

ベースボール・マガジン社WEB

やるからには1番になりたい

「ジムでいいですか?」

 取材場所を彼に委ねると、意外な場所を指定してきた。当分の間、ボクシングの現場からは遠ざかりたいのではないかと思っていたから。しかし彼は、「そんなことはないですよ。長年お世話になったジムですし、僕の原点ですから。取材していただけるなら、ジムがいちばんだと思うので」と、簡潔に理由を語ってくれた。「ジム、遠くないですか? 大丈夫ですか?」と、こちらを気遣ってまでくれた。相変わらず、一言ひと言に味があり、繊細さをのぞかせる。やっぱり、長嶺は長嶺だった。

 仕事の休日とはいえ、きちんとジャケットを着て現れる。
リング上で見せる殺気は当然ない。すっかり“デキル”男の雰囲気を醸し出している。

「ボクシングをやってたって、誰も思ってくれません」と快活に笑う。
 いまは、不動産の営業に取り組んでいるのだという。

「父も亀有で独立して、不動産をやってますが、そこではないんです。もともと父と同僚だったいまの社長が、競技生活中もサポートをしてくれていたんですが、引退することになって、『うちに来いよ』って誘ってくれて。恩もあったので」

 将来的にどうなるかはわからないが、「父の下で、とは特に考えてないですね。僕は1番になりたい人間ですから。社長になりたい。やるからには1番になりたいので」と、貪欲な姿勢は健在で、新たに抱いた野望が胸を打つ。

自分で決めたことだから後悔はしない

 9月のことだったという。
「スパーリングで、相手のパンチがピンポイントで目に入ったんです。衝撃があったりしても、ちょっと時間が経てば見え方も戻る。でも、ひと晩経っても治らなかったので、『あ、やったな』と。
 でも、網膜剥離とかではなく、水晶体がズレてしまったという状態。手術しても極度の老眼になる。先生は『失明はさせないけど、すぐズレるよ』と。絶対(ボクシングを)やるなという言い方はされなかったけど、自分自身、目をかばいながらやりたくないなって。
 網膜剥離のときのように治るってわかってればやりたかったけど、試合が決まって、ズレちゃいましたすみませんっていうわけにはいかない。ケガしないようにって考えながら練習もできない。
 ベストで上がれないなら最後かなと。それが決断の理由です」

「キミが仕事をできるようにするのが私の仕事」と言い放ち、網膜剥離を治してくれた横浜の『深作眼科』には、以来、定期的に通ってきた。今回も、全幅の信頼を置く医師に診断を仰いだ。ドクターストップではなかった。が、網膜剥離のときとは異なる反応が返ってきた。おそらく、決断を本人に任せるという医師の優しさだったのだろう。

「2ヵ月粘ってみたけど、現実が変わるわけじゃないので。自分がもうボクサーとして厳しいのかな、チャンピオンになるっていう想いでいられるのは厳しいなって……。
 でも、自分で決着をつけられたのは大きかったです。『もうやるな』っていう言われ方をされちゃうと、反骨心が芽生えちゃうので……。自分で決めたことだから後悔はしません。
 ちょっとずつちょっとずつ、気持ちをボクシングから離していく感じでした。自分には何ができるんだろうって。めそめそはしてられなかった。くよくよはしなかったけど、でも悩みました。
ほかに代わるものがないので……」

 すべてを捧げてきたもの。それをある日突然、失う。どんなに想像をめぐらせてみても、本当にそれが起きたときの心境は、自分自身がそうなってみなければわからない。

 網膜剥離から再起したとき、長嶺には再発、失明などに対する恐怖心はなかったという。「それよりも、ボクシングをできなくなる恐怖はありました。命を懸けるって、あんまり安くは使いたくないけど、いざとなったら後悔はしないくらい、打ち込んでいたので。試合のときも、負ける恐怖はあったけど、目をどうのっていう恐怖はありませんでした」
 そういう男が、自らの意思で決めたのだ。

2/7ページ

最終更新:4/21(日) 10:49
ベースボール・マガジン社WEB

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事