ここから本文です

神秘主義者であることの大切さ。

4/22(月) 8:10配信

otocoto

21世紀最大の民主的クラシック音楽祭『ラ・フォル・ジュルネ』と、そのルーツである南仏プロヴァンスの『ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭』について、前回までにご紹介した。今回は、その二つの音楽祭全体を通じて感じた、「神秘」の大切さについて書いてみたい。

プロヴァンスの『ラ・ロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭』では、かなり長い時間をプロデューサーのルネ・マルタンと一緒に行動した。ルネは自らハンドルを握ってクルマを運転し、リュベロン地方のあちこちの村の、お気に入りの場所に連れて行ってくれた。

それは奇妙で静かな場所ばかりだった。
第2次大戦中に、レジスタンスの兵士たちが立てこもったあげく、ドイツ軍に殲滅させられた中世の礼拝堂の廃墟。マルセイユの港とプロヴァンス一帯を見渡すことのできる高い山のてっぺんの見張り塔。急な崖の近くでヤギを飼い、チーズを生産している酪農家。そしていくつもの古くて美しい教会や修道院。

ルネは音楽祭の運営をするかたわら、寸暇を惜しんで、静寂な場所に好んで出かけていた。ルネはこう言っていた。
「一個人として、どうしても自分の中に、美しい風景を栄養として取り入れることを必要としているのです」
「場所、風景というのは私にとって何よりも大切で、本質にかかわることであり、すべての方向性を決めるほどの問題なのです」

ルネは音楽祭の運営に関しても、いろいろな演奏家や曲目を並べることによって「音楽の風景を作り出す」ということをよく言う。
そのおかげで、私もすっかり影響されてしまったような気がする。
音楽を考える上で、風景ほど重要なものはないのかもしれない。
音楽を、楽譜と音だけで、考えるだけでは、何かが足りない。

空間と、そこにある静寂と、空気と、人々と――全体の中にあるものとして考えた方が、より豊かに音楽を捉えられる。
本場ナントでの『ラ・フォル・ジュルネ』は、数十万人もが集まる賑やかな音楽祭だが、そこで配慮されているのは、できるだけ「静寂を保つ」ということである。
「お祭り」ではあるが、「お祭り騒ぎ」ではない――その違いは決定的だ。

ナントの『ラ・フォル・ジュルネ』のメイン会場、シテ・デ・コングレから歩いてすぐのところには、中世の牢獄のような外観のブルターニュ城がある。その裏には、町のシンボルでもあるナント大聖堂(サン・ピエール=サン・ポール大聖堂、1434年創建、1891年完成)がそびえ立っている。

コンサートの合間に私は会場を抜け出して、そうした静かな場所に行くことを覚えた。そこには遠い過去とつながっているからこそ漂う、神秘の雰囲気があるからだ。
クラシック音楽の最大の特徴は、神秘と静寂を、その背景として豊かに持っていることにある。

ルネは自分自身のことを、「神秘主義者」だと言っていた。
暇さえあれば神秘的な場所を探して歩き回り、そこでコンサートを開いたらどんなワクワクするような体験が得られるか、いつも考えている。

自然のなかでも、寺院や歴史旧跡でも、どんな場所でもかまわない。
身近なところに隠れている神秘を、見つけ出すこと。
少しでもいい、その時間が、音楽を聴く心を養ってくれる。

ヨーロッパの神秘に触れることはもちろん最高の体験になるけれど、近所の里山でも神社でも、雑木林でも、かまわないと思う。それだって、身体の奥の深いところで、クラシック音楽とつながっていると、私は固く信じている。

ルネも東京滞在中、忙しいのに「少し一人にさせて欲しい」と言ってフラリと消えてしまうことがよくあるという。彼なりの静かな場所と時間を、きっと探しているのに違いない。

文・林田直樹

最終更新:4/22(月) 8:10
otocoto

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事