ここから本文です

【書評】「麺類神話」の解体に挑戦:バラク・クシュナー著『ラーメンの歴史学』

4/22(月) 16:02配信

nippon.com

野嶋 剛

ラーメンは、中華由来の料理でありながら、現代日本の『国民食』の地位を謳歌する不思議な料理だ。その伝来と普及の経緯も、あまり詳しくは知られていない。実は日本のラーメンには長い歴史があり、ある日突然、我々の食卓に現れたものではなかった。

よくよく考えてみれば、日本人もおかしな民族である。いま、日本で日常的に食べているもので「国民食」と呼べるものがラーメンとカレーという点では、大方、異論はないだろう。しかし、そのルーツはそれぞれ中国とインドにある。

さらに不思議なのは、中華料理に淵源を有するラーメンに対して、「日本的」に見える麺類である蕎麦やうどんに比べて、はるかに日本人は情熱を傾けている、という事実だ。各地にはラーメンに関する記念館や博物館が設立され、テレビ番組やグルメ雑誌の特集で、ラーメンものは鉄板の売れ筋だとされている。

食はナショナルアイデンティティに等しい、という考え方もある。しかし、日本人とラーメンの関係はよく分からないことだらけだ。そんなラーメンをめぐる謎解きに、米国出身で日本史の研究者が挑んだ。その成果が本書『ラーメンの歴史学』である。

かつて岩手県の漁村で短期派遣の英語教師をしていた筆者は、現地の生活を観察するなかで、日本人が夜に飲み食いしたあと、「締め」のラーメンを食べることへの驚きを、本書のなかで、こう記している。

「日本人は、昼であれ夜であれ、どんな時間でもラーメンが食べるのが好きなのだ」。

締めとはデザートではないか。それがラーメンとはどういうことだろう。実はこの疑問は、私も海外の友人から何度も尋ねられたことがある。「主食やアルコールを散々摂取したあと、なぜ日本人はあんな高カロリーの食事をするの?」と。

ラーメンに対し、何か特別な思いを日本人が抱えていると、外国人は思うかもしれない。確かに、ラーメンを食べている日本人の姿は、何かに打ち込む職人のように孤独で思索的ですらある。人気チェーン店「一蘭」のように「一人で食べたい人」向けの店舗設計がヒットするような国だ。しかし、なぜ、日本人がラーメンにそこまで惚れ込んだのかという問いに、日本人自身が答えることはけっこう難しい。

日本人とラーメンの過剰なほどに密接な関係は、映画などでもしばしば描かれている。例えば、南極越冬探検隊を描いた映画『南極料理人』(2009)では、隔絶された生活に悩んだ隊員たちが恋い焦がれるのは、うどんでもおにぎりでもなく、ラーメンだった。また、名監督伊丹十三は、映画『タンポポ』(1985)で主人公に「おいしいラーメンは、人生のよいこと全てを表している」と語らせている。

東北での体験を出発点に、ラーメン研究に没入した筆者は、全国のラーメンを食べ歩き、ラーメンに関する資料を集めつくした末に、「麺の発展については、すくなからぬ学者から無視されてきたことは事実だ」という見解にたどり着く。

ラーメンの歴史は、明治以来に伝来した中華料理の一種と位置けられている。日本人が文明開化でスキヤキを食べ始めた、という話とほぼ同じ文脈だ。しかし、著者はさらに時代を遡って考証を進め、日本における江戸時代以前からの麺類普及の連続性のなかで、ラーメンの誕生が起きた事実を説き起こす。

1/3ページ

最終更新:4/22(月) 16:02
nippon.com

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事