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河野博文 ハムの左腕、“げんちゃん”最大の武器は?/プロ野球1980年代の名選手

4/23(火) 16:01配信

週刊ベースボールONLINE

酷使されて本領を発揮

 88年も先発、リリーフを問わず投げ続けたが、夏場から徐々に安定感を発揮するようになり、日本ハムのAクラス争いもあった9月はチーム20試合のうち11試合に登板するフル回転。酷使で失速するどころか、水を得た魚のように本領を発揮していくことになる。10日の南海戦(東京ドーム)で完封したかと思えば、16日からの近鉄3連戦(藤井寺)ではリリーフで3連投、23日からのロッテ3連戦でも3連投で2セーブに加え、日本ハムが敗れた24日には1点ビハインドの9回表二死二塁から1人の打者を抑えるためだけにリリーフした。この9月は月間防御率0.40。これで西武の郭泰源を上回って、最終的に防御率2.38で最優秀防御率に輝いた。

 90年には5月にアキレス腱を断裂、球団がリハビリに専念できるよう任意引退扱いにしたところクビと勘違いして失踪騒ぎを起こすなどトラブルもあったが、93年には主に先発で7勝、翌94年には6年ぶりとなる規定投球回到達で8勝を挙げるなど、徐々に復活。そして95年オフにFA宣言、長嶋茂雄監督の率いる巨人へ移籍する。

 新天地では川口和久、阿波野秀幸らと左のリリーバーとして機能して、再び鉄腕ぶりを発揮。巨人は最大11.5ゲーム差から首位を猛追、8月には首位に立ったが、その8月はチーム25試合のうち4連投を含む14試合に登板して4勝1セーブ、防御率1.86で月間MVPに。いわゆる“メークドラマ”に大きく貢献して、セ・リーグに新設された“初代”の最優秀中継ぎ投手にも輝いた。

 2000年にロッテで1年だけプレーして、オフに現役引退。そのラストイヤーでさえも、主に左のワンポイントとして29試合に登板している。

写真=BBM

週刊ベースボール

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最終更新:4/24(水) 10:43
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