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外国人を「労働力」としか見ない日本政府。その一方で草の根で若者たちが広げる希望<安田浩一氏>

4/23(火) 8:33配信

HARBOR BUSINESS Online

◆外国人労働者を喰い物にする日本

 ついに改正入管法が施行された。早くも東京電力が廃炉作業への「特定技能」資格の外国人労働者を受け入れる方針を表明するなど、安倍政権、そして財界がなぜ入管法を改正を急がせたのかが如実にわかる事態となっている。(参照:HBOL)

 まさしく、日本は、外国人労働者を喰い物にしているのだ。

『月刊日本 5月号』では、第2特集として「外国人労働者を喰い物にし続けるのか」と題して、一人の人間としてではなく、人権を無視して使い捨ての「道具」のように扱う日本の問題点を指摘し、共生への道を模索する記事を掲載している。

 今回は同特集内から、新刊『団地と移民  課題最先端「空間」の闘い』(KADOKAWA)でも多文化共生の最前線である団地の住民たちの姿を追った渾身のルポルタージュを上梓した安田浩一氏へのインタビューを転載し、紹介したい。

◆日本はすでに移民国家だ

―― 改正入管法が施行されました。今後5年間で最大35万人の外国人労働者が日本にやってくることになります。しかし、日本社会は排外主義が強く、外国人を受け入れる準備ができていないように見えます。その原因はどこにあると思いますか。

安田浩一氏(以下、安田):一番の問題は、日本政府が「移民」の存在を認めていないことです。日本では1990年台から外国籍住民の数が急増し、いまでは250万人を超えています。今回の入管法改正をうけて「移民元年」や「開国元年」といった言い方がなされていましたが、それは間違いです。日本はとうの昔から外国人の受け入れを始めており、すでに内実としては移民国家になっていると言っても過言ではありません。

 しかし、日本政府はこの事実を認めようとしません。日本政府は外国人を労働力としか見ておらず、外国人の暮らしをどうやって守っていくか、日本人と外国人がどのように共生し、暮らしやすい社会を作り上げていくかという発想がありません。外国人もまた一個の人格や人権を持った存在だということに考えが及んでいないのです。

 これは日本に外国人政策を一元的に担当する官庁がないこととも関係しています。諸外国には「移民局」や「移民庁」がありますが、日本にはそれに代わる組織は入管しかありません。しかし、入管はいかに外国人を管理するかということばかり考えており、外国人の暮らしや人権には無関心です。

 今回の改正入管法により、入管は格上げされ、出入国在留管理庁となりました。それはそれで構いませんが、単に外国人の数が増えるから締め付けを強くするというサインにしか見えません。これでは外国人と共生していくという発想が生まれるはずがありません。

 もっとも、これは政府だけの問題ではありません。日本社会の中にも移民に反対する声があることは間違いありません。

 たとえば、昨年10月には、ネット右翼が「反移民デー」なるものを設け、全国各地で一斉に街宣活動を行いました。今年4月の統一地方選挙でも、選挙に立候補したネトウヨたちが外国人の存在を否定し、外国人の排斥を煽る演説を行っていました。

 彼らは声高に移民反対と言っていますが、日本もかつては移民送り出し国でした。移民先では差別や偏見にも直面しています。戦前のアメリカでは、日本人や日系人は強制的に財産や土地を奪われ、収容所にまで入れられています。

 日本社会はこうした経験を持っているはずなのに、いまではかつて自分たちが受けてきた差別と同じことを外国人に行っているわけです。大きな矛盾を感じざるをえません。

◆団地で行われている多文化交流

―― 移民受け入れの是非については議論がわかれるところかもしれませんが、今後日本で外国人が増えていくのは既定路線です。そうであれば、外国人と共生していく方法を探るべきです。安田さんは新著『団地と移民』(KADOKAWA)で、多くの外国人が居住する団地に注目しています。

安田:「団地」と聞くと、「老朽化する団地」や「限界集落化する団地」といったように、戦後の負の遺産と捉えられることが多いと思います。私自身もそのような認識を持っていました。

 しかし、現在の団地には外国人がどんどん入居するようになっており、これまでとは大きく様変わりしています。団地の中には外国人の入居者が半数以上に迫っているところもあります。

 もちろん日本人の高齢者と若い外国人が一緒に暮らすわけですから、対立や軋轢も生じます。たとえば、ごみのトラブルです。外国人集住地域で最初に持ち上がるのは、たいていの場合ごみ問題です。

 しかし、ごみのトラブルは地域のルールに不慣れなために起きることであり、経験を積んでいけば解決します。実際、私は外国人が多く居住する川口市の芝園団地や豊田市の保見団地などを取材しましたが、現在ではごみ問題はほとんど起こっていません。

 そもそもごみの出し方に問題があるのは日本人だって一緒です。外国人が多く住む広島市の基町団地で長年清掃員をしている方に話を聞いたところ、「日本人のごみの出し方だってひどいよ」と言われました。私たち自身、日本人によるごみや煙草のポイ捨てなどを何度も目にしたことがあるはずです。

◆若者たちが中心となって進める「共生」

 もとより、団地ではトラブルばかり起こっているわけではありません。日本人住民と外国人住民の間に割って入り、互いに手を結ばせようとする動きも見られます。たとえば、芝園団地では外国人家庭のために学習・進路相談を行ったり、外国人住民を講師とした外国語講座を開催するなど、様々な交流の場が設けられています。

 こうした交流の中心にいるのは、大学生をはじめとする若者たちです。彼らは嫌味なく両者の架け橋になることができています。よく最近の若い人はだめだと言われることがありますが、若い人たちはむしろ、日本は今後外国人と共生していかなければならないという時代状況を的確に見てとっていると思います。彼らの行動力を見ていると、すごく心強い思いがします。

 若い外国人と日本人の高齢者が協力できれば、地域にとっても大きな力になるはずです。日本にくる外国人たちは働き盛りで、ものすごいエネルギーを持っています。そもそもエネルギーがなければ外国まで働きにこようとは思いません。彼らの力に日本人の高齢者たちの知恵や経験が加われば、怖いものなしでしょう。

◆外国人を「知る」ということ

―― 団地の試みは全国に広げていくべきです。そのためには何が必要ですか。

安田:外国人に対する偏見をなくすことです。最初に述べたように、日本では移民は認められておらず、外国人はいつか母国に帰る労働力、治安を乱す他者といった受け止め方をされています。また、テレビで外国人の話す日本語を馬鹿にするような番組が放映されることも珍しくありません。日本人だって海外で下手くそな英語を使っているにもかかわらず、許しがたいことです。

 外国人に対する偏見は、日本人と外国人の間に壁を作ってしまいます。これではいつまでたっても外国人と共生はできません。

 こうした壁を壊していくためには、何よりもまず、外国人を知ることが必要です。「知る」とは決して外国人と同化することではありません。その地域に中国人がたくさん住んでいるからといって、中国語をしゃべったり、中国文化に染まる必要はありません。相手の立場になりきり、心情を全て理解する必要もありません。

 そうではなく、お互いの違いを知ること、お互いに異なったバックボーンを持っているということを知ることが大事なのです。

 私がこう考えるようになったのは、ヘイトスピーチを取材してきた経験からです。たとえば、在日コリアンにヘイトを浴びせる人間は、在日コリアンが歩んできた歴史、在日コリアンがどういう経緯で日本社会の中で暮らすようになったのかということを全く知りません。知らないからこそデマや偏見が生まれるのです。知らないからこそデマに踊らされ、偏狭なナショナリズムが肥大化していくのです。

◆排外的な空気に負けない新しい動きも

 今後、日本では外国人が増えていきます。私たちは否応なしに外国人のことを知らざるをえない状況に置かれることになります。そうなれば、外国人に対する偏見もなくなっていくはずです。

 私はこの点については非常に楽観視しています。日本では排外的な空気が強まっている一方で、それに負けずに新しい社会づくりを目指している人たちもいます。特に団地では若者たちが活躍しています。彼らの取り組みの中から新しい日本社会のあり方が生まれてくるはずです。私はそこに期待しています。

(4月1日インタビュー、聞き手・構成 中村友哉)

やすだこういち●「週刊宝石」などを経てフリーライターに。事件・社会問題を主なテーマに執筆活動を続ける。外国人労働者やヘイトスピーチ、異文化共生などのテーマで数多くの著書を持つ。最新刊『団地と移民 課題最先端「空間」の闘い』(KADOKAWA)も必読の書

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最終更新:4/23(火) 8:33
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