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液体ミルクのパッケージ表記で物議。「母乳信仰」は絶対神聖視されるべきなのか?

4/23(火) 8:32配信

HARBOR BUSINESS Online

◆「母乳が最良」の表示はお母さんを追い詰める?

 グリコが日本初の乳児用液体ミルク「アイクレオ赤ちゃんミルク」を発売してから約1か月半が経った。SNSなどでは実際に利用したユーザーから「めちゃめちゃ便利」といった声が挙がっている。

 一方で発売当初、SNSを中心に大きな話題を集めたのが、パッケージに記された「母乳は赤ちゃんにとって最良の栄養」というフレーズだ。この文言は、以前からあった「母乳神話」を助長し、様々な理由で液体ミルクを利用する母親たちに無用のプレッシャーを与えるのではないかと懸念する人が多かった。

 3月下旬に明治が販売を開始した、乳児用液体ミルク「明治ほほえみ らくらくミルク」にも、「母乳は赤ちゃんにとって最良の栄養です」という表記がある。なぜこのような表記がなされるのだろうか。またこの表記は正しいのだろうか。

◆WHOは生後6か月間、母乳のみで育てることを推奨

「母乳が最良である旨」の記載を義務付けているのは消費者庁だ。同庁は2018年8月、「特別用途食品における乳児用液体ミルクの許可基準設定について」を発表し、「特別用途食品」に「乳児用調整乳」という区分を追加した。これによって国内で液体ミルクの製造ができるようになった。

 販売に当たっては「当該食品が母乳の代替食品として使用できるものである旨」の表示を義務付け、さらに「ただし、乳児にとって母乳が最良である旨の記載を行うこと」とした。

 義務付けの根拠の一つは、世界保健機関(WHO)が、生後6か月は母乳のみで育てることを推奨していることだ。WHOは、母乳は栄養が豊富なだけでなく、乳児の免疫機能を高め、母乳育児により産後の母体の回復も促し、乳がんなどさまざまな病気のリスクを低減するからだとしている。

 またWHOは1981年、「母乳代用品のマーケティング(販売活動)に関する国際基準」を定め、「母乳育児の優位性についての明記」を求めている。

◆共働き世帯で時間がなくても、簡単に授乳できる

 しかし、育児に当たっては、液体ミルクがあればとても便利だ。新生児は、睡眠が細切れで授乳の回数が多く、おむつ替えや着替えも度々しなければならない。お湯を用意して溶かして哺乳瓶に入れて冷まして……と何段階もの手順を踏まなければならない粉ミルクより、グッと楽になるはずだ。

 実際、現在「内閣府男女共同参画局」の公式サイトにある「乳児用液体ミルクの普及に向けた取組」では、こう明記している。

「夜間や共働き世帯で時間が限られているとき、保育者の体調がすぐれないとき、さらには母親が不在のときなどでも、簡便かつ安全に授乳を行うことができる」

「調乳用のお湯(70℃以上)が不要であり授乳に必要な所持品が少なくなることや、調乳を行わずに済むことから、簡便に授乳を行うことができる」

 ただ、10年ほど前までは、「母乳神話」「安全性神話」といった考えが根強くあり、一般消費者でさえ、液体ミルクのメリットよりもデメリットに注目する傾向があった。

◆この10年で変わった流れ…きっかけは東日本大震災

 ところが、東日本大震災や熊本地震のときに液体ミルクが役になったことがきっかけとなって、流れが大きく変わった。

 最初に高い関心が集まったのは、東日本大震災だ。ライフラインが断たれた被災地では、水がなかったり、あっても沸かすことができなかったりする状況が続いた。そんな中、そのまま授乳できる液体ミルクが注目されたのだ。

 当時、フィンランド在住の日本人が現地の会社に掛け合って購入し、緊急救援物資として、簡易手続きで輸入を実現。震災から2週間半後には石巻市に第一弾の2000パック(約10万円分)を届けたという記録が、フィンランド大使館の公式サイトに公開されている。最終的には、計7回、1万4000パックを届けたという。

 その後、2016年の熊本地震発生時にはフィンランドから緊急支援物資として液体ミルク約5000個が正式に送り届けられ被災地で使われた。この時、大使館関係者とともに被災地を訪れたのは当時、日本フィンランド友好議員連盟会長だった小池百合子都知事だ。そのことも関係しているのか、2018年に東京都は独自に、災害時に乳児用液体ミルクを海外から緊急に調達できるよう、イオン株式会社と協定を締結している。

◆フィンランドからの液体ミルク、西日本豪雨や北海道地震では使われず

 ところが同年の西日本豪雨や北海道地震発生時に届けられた液体ミルクは、ごく一部しか使われなかったことが報道されている。これは輸入製品であるがゆえにパッケージに日本語表記がなく使用方法が分からなかったという理由が大きそうだ。また、「使用例がない」といった声も挙がっていたという。つまりは認知度の低さが、こうした事態を招いたわけだ。

 地震などによりライフラインが断絶した場合でも、水、燃料などを使わずに授乳が可能になる液体ミルクは、災害時の備えとして重要だという認識は、少なくとも8年前からあった。しかし、老若男女が理解できるパッケージでなければ、緊急時に活用されないケースも出てしまう。国内メーカーの液体ミルクは、災害対策としても、求められるようになっていたのだ。

◆人工乳の早期導入が食物アレルギーの発症を抑える可能性

 そこでようやく、今回のグリコ、明治の液体ミルクの登場となったわけだが、冒頭で記したような「表記」を義務付けられ、結果として“母乳か人口栄養か”といった意見の対立が生まれてしまう。「お湯で溶く必要がないから液体ミルクは手抜き」という言いがかりにも近い声はさておき、少なくとも、完全母乳を称賛する声は一向になくならない。母乳と人工栄養の混合栄養でさえ、批判的に見る層がいるのは確かだ。

 ただしここで一つ、食物アレルギーの観点から、「母乳だけで育てることがベストとは言えない可能性がある」ことをお伝えしたい。

「日本小児アレルギー学会誌 32巻(2018)1号」に、筑波メディカルセンター病院の林大輔小児科専門科長による「乳の早期導入と牛乳アレルギー予防」が掲載された。それによると、これまで「完全母乳栄養がアレルギーに防護的であると考えられていた」が、そうとも言い切れないような研究結果も出てきているという。

 人工乳開始時期と牛乳アレルギー発症時期を検討した研究で、生後14日以内に人工乳を開始したグループと、105~194日に開始したグループや194日後に開始したグループを比較すると、「生後14日以前に人工乳を開始した群で牛乳アレルギーの発症頻度が低下していた」という。つまり早くに人工乳を接種したほうが、牛乳アレルギーを発症しにくくなっているというのだ。

 さらに、「牛乳アレルギー児の哺乳状況の後方視的調査では牛乳アレルギー児で新生児期からの1日1回以上の継続的な人工乳摂取の頻度が低く、卵アレルギー児の牛乳アレルギー併発と人工栄養の関係の調査でも牛乳アレルギー併発群では生後3カ月以内の継続的人工乳摂取の頻度が低かった」としている。

 つまり連日人工乳を続けたほうが、完全母乳や週1回未満の人工乳と比べアレルギー発症率が低いという結果も出てきているというのだ。

 ただ林氏は「母乳栄養には感染症やSIDSの予防効果などもあり、継続的な人工乳の摂取がこれらにどのような影響を与えるかはわかっていない」ため、今後も研究が続けられるものだとしている。

 とはいえ「母乳が絶対」という考えは、改めていく必要があるのではないか。本来は、育児をしている当事者がより良い手段を選べたほうがいいのは間違いない。その意味で、液体ミルクは歓迎され、コスト面からも気軽に導入できるようになっていくことが望ましいと個人的にも思う次第だ。

<取材・文/山田真弓>

フリーランスの編集ライター。神奈川県出身。大学卒業後、音楽出版社、ロック専門誌「ストレンジ・デイズ」、阪急コミュニケーションズなどいくつかの出版社を経て現職。現在は子育て向け層媒体でも編集、執筆。食物アレルギー児の母。

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最終更新:4/23(火) 15:24
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