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埼玉の「東西分裂」、列車本数を調べてみると…

4/23(火) 5:20配信

東洋経済オンライン

 埼玉をディスりまくった映画『翔んで埼玉』の大ヒットもあって、いま埼玉県が全国的に注目を集めている。

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 この映画の随所に「池袋には埼玉の人間が多い」とか「同じさいたま市でも、浦和と大宮の人はあまり仲がよろしくない」といったような「埼玉あるある」が散りばめられていることから、ネットやテレビのバラエティー番組で、この「埼玉あるある」が話題にのぼることが多くなった。

 そんな「あるあるネタ」の中で、よく耳にするのが「荒川の壁」だ。これは通勤、通学で都内に行く住民が多い埼玉県では、埼玉県の各地から都内へ向かう交通は発達しているにもかかわらず、県内を東西に結ぶ交通は貧弱なため、同じ埼玉県内でも、荒川の西岸エリア(川越、所沢など)と、右岸エリア(さいたま、川口など)は、交流がまったくないというものだ。

■荒川をまたぐのは武蔵野線と川越線くらい

 実際、埼玉県の鉄道路線図を見ると、埼玉県と都内を結ぶ路線は、東から順に、つくばエクスプレス、東武スカイツリーライン、埼玉高速鉄道、京浜東北線、埼京線、東北新幹線、東武東上線、西武新宿線と、ざっと数えただけでも8路線あり、さらに細かく分類すれば、湘南新宿ライン、上野東京ライン、上越新幹線、東京メトロ有楽町線、東京メトロ副都心線なども入ってくる、それに対し、埼玉県内の「荒川の壁」を越えるのは、武蔵野線と川越線の2路線のみ(秩父鉄道は、上長瀞―親鼻間で荒川を渡るので、壁と言われる部分より上流部で渡ることになる)。路線図を見る限り、確かに埼玉県を東西に結ぶ交通は発達していないように見える。

 では、本当に荒川の西側と東側は交流が少ないのか。武蔵野線が開業する前の1972年から現在までの、武蔵野線、そして川越線の運転本数を時刻表で調べてみた。

 武蔵野線の時刻が掲載されたのは1973年4月号からだったため、1972年から2019年までの4月号の時刻表を使用。対象時間は平日の11時から15時までの4時間。駅は武蔵野線が南浦和、川越線は川越(西行は、川越に到着する列車の本数)とした。

 1972年の本数を見ると、川越線の大宮方面が4時間で6本、川越方面が4時間で7本しかない。運転間隔は6本で40分毎、7本でおよそ35分毎だ。当時の川越線は非電化で、日中は3~4両のディーゼルカーがガタゴト走っていた。当時も現在も、川越と大宮は、埼玉県内でも人口の多い街。その2つを結ぶ鉄道としては少なすぎる。この数字から、埼玉県には「荒川の壁」がハッキリ存在していることがわかる。

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最終更新:4/23(火) 5:20
東洋経済オンライン

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