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古代イスラエルの宗教を厳格に守る、サマリア人の過越の祭りとは

4/24(水) 17:11配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

 サマリア人は、世界でもとりわけ規模の小さい宗教グループのひとつをなし、古代イスラエル12部族のうち3部族の直系であることを自認している。彼らは、古代イスラエルの宗教をもっとも厳格に守っているのは自分たちだと考えており、ほかのユダヤ教については、バビロン捕囚の間にもとの形が損なわれた宗教とみなしている。この違いは、それぞれの聖地にも見て取れる。エルサレムのモリヤ山は、神の命によりユダヤ人が神殿を建てた場所だが、サマリア人は、同じ神の戒めに従って、モリヤ山から北へ50キロほど離れたゲリジム山の山頂に神殿を建設した。

ギャラリー:古代イスラエルの宗教を守る、サマリア人の過越の祭り 写真9点

 標高約900メートルのゲリジム山は今日、パレスチナ自治区内でもとりわけ高い場所となっており、ここからはナーブルスの街と、その周辺にあるヨルダン川西岸地区の村々を見下ろす絶景が望める。ゲリジム山の尾根にあるキリヤット・ルザの村では、過越(すぎこし)の祭りの前日、出エジプトを祝っておよそ800人のサマリア人が集って祈りを捧げる。

 サマリア人は、過越の祭りの前日に羊か山羊を生贄に捧げ、翌日の夜明け前にこれを食べるというトーラー(モーセ五書)の教えを今も守っている。キリヤット・ルザにはこの行事のために共同体の人々が集まり、祈りが捧げられる中、数十頭もの羊が真っ白い服に身を包んだ男たちによって屠られ、地面に掘った巨大な穴の中で焼かれる。真夜中過ぎ、羊の肉は苦いハーブの束と一緒に皿に盛り付けられ、星空の下で開かれる祝宴に供される。

 7日後、サマリア人コミュニティでは、過越の祭りの締めくくりとして、より厳粛な行事が行われる。夜が明ける数時間前、白いローブを来た男たちが、眠い目をこする息子たちを連れて、小さなシナゴーグ(会堂)の前に再び集う。

 トーラーが収蔵された銀のケースを抱えた司祭長に先導されて、男たちは暗闇の中、ゲリジム山の山道を登り、石の階段を上がって、紀元前2世紀初頭にハスモン朝によって破壊された神殿の遺跡や、その600年後に東ローマ帝国の皇帝ゼノンによってこの聖なる山に建てられた教会の瓦礫を通り過ぎる。山道の途中、彼らが立ち止まっては祈り、また登っていく間に、夜明けの空は薄紫色に変わり、真紅のケシはその薄い花びらを開いていく。

 行列の終点は、アブラハムが息子のイサクを生贄に捧げようとした場所だとサマリア人が信じる石版のそばだ。太陽が地平線から差し込み、司祭長がトーラーのケースを頭上に掲げて、祈りを終える。ゲジリム山の春の一日、この小さな共同体は今ひとたび、神の御前で聖なる義務を果たすためにここに集ったのだ。

文=KRISTIN ROMEY/訳=北村京子

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