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さまぁ~ず語る平成のお笑い ネタより個人の力で勝負

4/25(木) 7:47配信

NIKKEI STYLE

さまぁ~ずのコンビ結成は、時代が平成に変わる直前の1988年、昭和63年。お笑い第三世代(とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャン)と、ナインティナインに代表される第四世代の狭間の世代とされ、平成のバラエティ史の中でも独自の路線を歩んできた。2人に平成のお笑い界を振り返ってもらった。

三村マサカズ

 記憶はすごいおぼろげなんですけどね(笑)。平成元年は、まだ大竹さんと一緒に喫茶店でアルバイトしてましたし。ホリプロに入って、お笑いライブやるからコンビ名考えろって言われて、とりあえず「バカルディ」ってつけました。コンセプトも何もなかったですね。

大竹一樹

 で、なぜかデビューしてすぐにレギュラー番組いただいてました。

三村

 ネタ番組で優勝したご褒美がレギュラーだったのに、「行かなくていいか」って収録に行かなかったり(笑)。

大竹

 久々に行ったら「来たのか!」「どういうこと!?」って(笑)。

三村

 時代のせいにしちゃいますけど、当時のテレビって、そういう雰囲気だったというか、我々もバカですね(笑)。お笑い芸人の人数自体少なかった。とんねるずさんみたいに売れてる人は圧倒的に売れていて、苦労している中堅がいない時代だよね。

大竹

 みんな、30歳までに売れなかったらやめるっていう意識でしたよね。それが今では、「売れるのは30歳になってから」と変わったような気がします。

93年には、ともに「お笑い界の若貴」と並び称されたホンジャマカとのコント番組『大石恵三』が初の冠番組としてスタートするが、裏番組はアポなし取材でバラエティ史にその名を刻んだ『進め!電波少年』(92年~)。あえなく半年で打ち切りとなり、しばらく不遇の時代が続く。

三村

 環境が変わったのって、『ボキャブラ天国』(92年~)以降じゃないですかね。『ボキャブラ』って、芸人の名前と一緒に所属事務所の名前も出したんですよ。あれで、視聴者のみなさんも「どの芸能事務所に所属しているか」というのを意識し出した。

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最終更新:4/25(木) 12:15
NIKKEI STYLE

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