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【平成DeNA年代記】大魔神とマシンガン打線で1998年歓喜のV、近年浮上の予感も

4/25(木) 11:04配信

週刊ベースボールONLINE

中畑監督でチームカラー一新!

 99年は優勝候補の一角に挙げられながら、39年ぶりの開幕6連敗スタート。以後も戦いは安定せず3位に終わった。マシンガン打線は、史上最高のチーム打率を残しているが、誤算は佐々木の右ヒジ痛による離脱。オフにはFA宣言し、メジャーへ渡った。佐々木の抜けた穴は大きく、翌00年も3位に終わり、権藤監督はわずか3年で退任した。

 01年は名将・森祇晶監督が就任。攻守にチームプレーを徹底し、3位に入ったが、親会社がTBSに代わった翌02年は最下位。森監督は退任し、山下大輔監督になる。

 03年は4月を終わった時点で4勝20敗。5月以降も最下位から抜け出せず、45勝94敗1分。94敗はセ史上ワースト5位の成績だった。さらに04年はメジャーから佐々木が復帰し、4月は12勝9敗と首位に立ったが、5月以降故障者続出。またも最下位に終わった。

 牛島和彦監督となった05年は投手陣が奮起し、3位に。三浦大輔が12勝を挙げ、最優秀防御率と最多奪三振。新守護神クルーンの161キロも話題になった。しかし、村田修一がシーズン途中から四番に定着した翌06年は最下位に終わり牛島監督は退団を表明した。

 大矢監督が復帰した07年は、巨人から仁志敏久などが加わり、戦力一新。7月末までは勝率5割をキープしていたが、8月以降失速し、4位。翌08年は球団ワーストの14連敗もあって94敗の最下位も、内川聖一が右打者史上最高の打率.378で首位打者、村田が2年連続ホームラン王となる。09年も93敗で最下位。大矢監督は途中休養し、田代富雄二軍監督が代行で指揮を執った。10年は尾花高夫監督となるも95敗で3年連続最下位。3年連続90敗以上はプロ野球で初めてだ。悪夢は続き、11年も86敗で最下位。

 親会社がDeNAとなり、球団名も一新した12年。結果的には5年連続最下位だったが、中畑清新監督が明るいキャラでチームを変えた。13年はブランコが首位打者と打点王と打線は好調も、投手陣が振るわず5位に。筒香嘉智が四番に定着した14年も同じ5位だが、優勝した巨人に勝ち越すなど、確かな成長は感じさせた。翌15年は快進撃を見せ、5月末には首位に立つも交流戦で失速し、最終的には最下位に終わっている。中畑監督は退任し、ラミレス監督になった。

 16年は筒香の本塁打王、打点王の活躍もあって、3位で初のCS進出。巨人を破るもファイナルステージで広島に敗れた。17年はまたも3位だったが、今度は阪神、広島を撃破し、日本シリーズに進出し、ソフトバンクに2勝4敗で敗れている。18年は4位に終わったが、98年以来のリーグVに向け、準備は完全に整っている。

写真=BBM

週刊ベースボール

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最終更新:5/2(木) 19:24
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