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「論語」に影響された日本人と「儒教」に支配された中国人

4/25(木) 17:03配信

PHP Online 衆知(Voice)

伊藤仁斎が発見した「愛」

考えてみれば、『論語』を誰よりも愛して、『論語』から大きな影響を受けているのは、中国人ではなくむしろ日本人のほうである。

その一方で、日本の思想史を勉強していくと、日本人は江戸時代から『論語』だけでなく、朱子学を幕府の官学として導入し、大きな影響力をもったことも知った。

しかしそうでありながらも、日本の歴史(とくに社会史)を学べばわかるように、「天理」を守って「人欲」を滅ぼそうとするような朱子学的原理主義が日本社会を支配したことはないし、女性を「節婦」「烈婦」にさせてしまうような殺人的な礼教が、この日本で猛威を振るったことは一度もない。

江戸時代の日本思想史において、最初は朱子学から出発した思想家たちは、途中で悉く朱子学から離脱・離反した。より根源的なところに遡って、儒教思想の原点を求めようとしたのである。

たとえば、江戸中期の京都の在野の思想家である伊藤仁斎は、朱子学を捨てて儒教の原点を『論語』のなかで見つけようとした。

彼が発見したのは「愛」というキーワードであり、朱子学の原理主義や礼教の殺人思想とはもっとも遠いところにある。人間世界の「愛」こそは、『論語』の基本精神であると仁斎は力説するのである。

伊藤仁斎が『論語』のなかで発見したこの「愛」を彼の著書を通じて知ったとき、大きな感銘を受けた。

それと同時に、孔子の『論語』は後世の儒教や礼教とは完全に違うという、自分自身の長年の確信を固めることもできた。

日中の国民性の違いの原点

やはりそうであった。『論語』というものは、儒教とも朱子学とも礼教とも最初から違うのだ。『論語』が求めようとしているのが「愛」であるなら、権力への奉仕を本領とする国家的教学の儒教とは自ずから違っている。

人間の感情や欲求の抑圧を旨とするあの冷酷極まりない朱子学や礼教とは、正反対のものなのである。

このようにして仁斎を知ることによって、私の長年の疑念は完全に解消された。

さらにいえば、日本人と中国人の違いを理解するための鍵の1つも発見したような気がした。中国では前漢の時代以来、国家的教学として儒教が支配的地位を占めるようになり、明清時代はさらに朱子学と礼教によって支配されていた。

それに対して、江戸時代以来の日本人は逆に、礼教や朱子学から遠ざかって『論語』に親しんでいった。

じつはそういうところこそ、双方の国民性や心のもち方の違いにおける原点の1つではないかとも思った。

つまり日本人は昔から、朱子学や礼教よりも、人間的温もりがあって愛の溢れる『論語』を大事にしてきた。そこから大きな影響を受け続けているから、この日本で暮らす私の周りには、優しくて思いやりのある温かい日本人が大勢いるのだ、と。

いってみれば私は、中国四川省の田舎で祖父に『論語』に教わってから数十年後、この日本の生活と勉学のなかで「論語の心」を発見し、それを理解することができた。私という人間は、何という幸せな果報者なのか。

石平(せき・へい:評論家)

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最終更新:4/25(木) 17:03
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