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ゲイの僕が好きな人と共同生活した、悪夢のような3ヶ月

4/25(木) 17:00配信

文春オンライン

連載「僕が夫に出会うまで」

 

2016年10月10日に、僕、七崎良輔は夫と結婚式を挙げた。幼少期のイジメ、中学時代の初恋、高校時代の失恋と上京……僕が夫に出会うまで、何を考え、何を感じて生きてきたのかを綴るエッセイ。毎週連載。

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(前回までのあらすじ)中学時代から何度も男の人を好きになっていた僕は、上京して男子寮暮らしを始める。寮の飲み会で酔っ払って眠りこんだ僕は、目を覚ますと寮生の部屋にいた。その後、僕は何人かの寮生と身体の関係を持ってしまった。

 

(前回の記事「 男子寮で暮らす僕が、何度も繰り返してしまった過ちとは 」を読む)

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 上京してから一年で、僕は男子寮を出た。お風呂や食事の時間帯などのルールに縛られるのが苦痛だったのと、やっぱり大勢の男の人に囲まれて生活するのに馴染めなかった。それに一番の理由は、僕が身体の関係を持ってしまった人たちと、気まずかったからだ。

 何はともあれ、僕はこっそりと寮を出て、これから始まる一人暮らしの生活に備えていた。

 寮ではご飯を作ってもらえていたけれど(食堂で誰かに会うのが嫌で、ほとんど食べなかったが)、これからは自分でご飯を作らなくてはならない。実家ではほとんど料理をした事がなかったし、誰にも教わった事もないから不安ではあったが、ご飯を作るのは意外と苦ではなく、どちらかというと、ハマりこむタイプだという事に気がついた。失敗しても食べるのは自分な訳で、誰かに文句を言われることもない。

 難しいものは作れなかったけれど、カレーを作ると、次の日は、ナスを沢山入れたカレー、その次の日はドライカレーに挑戦! と理科の実験のように楽しくチャレンジしていき、料理のレパートリーも増えていった。

高校時代に好きだった男の子から電話

 そんな1人暮らしが始まって少し経った頃、ハセから電話があった。

 ハセは、高校3年間、僕が片想いをした人で、高校を卒業して1年が経った今でも想いを引きずっている相手だ。

 ハセの電話に出るのには、少し勇気が必要だった。なぜかというと、ハセに対して気まずい事が僕の中にあったからだ。

 それは、僕が上京してすぐに、ハセと付き合っていたマミちゃんが亡くなったことだった。高校当時、ハセを横取りされたと感じていた僕の、マミちゃんへの嫉妬は計り知れなかった。マミちゃんをどれだけ憎しんでいたかは言葉にするのも怖いくらいだ。そのマミちゃんが亡くなったと知らされた時は、なんだか責任を感じたし、己の小ささを悟らずにはいられなかった。だからもう、ハセには顔向けができないと思っていたのだった。

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最終更新:4/25(木) 20:57
文春オンライン

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