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「選手ファースト」の指導者・小出義雄が“パワハラ”の消えない陸上界に問うもの

4/25(木) 16:21配信

文春オンライン

 4月24日、陸上長距離の指導者、小出義雄氏が死去した。享年80であった。

 1992年のバルセロナで銀、1996年のアトランタで銅と2つのオリンピックでメダルを獲得した有森裕子、2000年のシドニー五輪で金メダルに輝いた高橋尚子ら、育て上げた名選手は数多い。まぎれもなく名指導者であった。

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“常識外れ”の3500メートル合宿

 振り返れば、ぱっと見には相反する要素を併せ持つのが小出氏だった。「剛」と「柔」。あるいは「合理性」と「情熱」。

 シドニー五輪へ向けての強化の過程で、小出氏は高橋尚子を高地合宿へと連れて行った。アメリカはコロラド州の標高3500メートルにおよぶ地である。当時、高地合宿は2000メートルを超えて実施するべきではないとされていた。実施すると知れると、批判も浴びた。

 それでも惑わされず、敢行した。

「常識に囚われていては勝てない」

 信念を貫く姿は、「剛」と言ってよかった。ただし、頑とした姿勢や豪快さを感じさせる面があるのと対照的に、実際は、物腰は柔らかかった。教える選手に対してはむろんのこと、大会後などの取材の場でもそうだった。「今日も大変ですね」。そんな軽やかな挨拶とともに始まることもあった。笑顔で、明るさを失わない声で語り続けた。

「緻密さ」もあった。やはりシドニー五輪でのこと。小出氏はレース展開を予測すると、32キロから37キロが勝負のポイントと見定め、その範囲の中でスパートすることを高橋に指示。シドニー入りすると、32キロ付近からの走り込みを重ね、試合に備えた。

 いざ本番では、リディア・シモンとの一騎打ちとなる。高橋は小出氏のアドバイスの通り、35キロあたりでスパートするとシモンを引き離し、勝負を決めた。予測と、実戦を想定した走り込みが生きた瞬間だった。

有森は「上に立ててあげる」、高橋は「素直で何でも聞く」

 選手の個性を見極めることにも長けていた。

 例えば、有森については、「納得しないと、行動しない性格なので上から言っても駄目。むしろ上に立ててあげる」。持久力に秀でていると見てとると、スピード練習よりも長い距離を走る練習に重点を置いた。

 高橋に関しては「素直で、言うことを何でも聞く選手なので、こちらから『こうしよう、これをやろう』と言ってあげる」。スピード、スタミナ双方のバランスがよいことから、有森とは異なり、距離は抑え目に、スピードを鍛える練習を組み入れた。

 特性を知り、それに合わせた接し方と練習を組み立てる。それもまた「合理性」の範疇と言えるかもしれない。

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最終更新:4/25(木) 16:51
文春オンライン

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