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「髪をむしるほど過酷」な中学受験の壮絶結末

4/25(木) 5:20配信

東洋経済オンライン

少子化といわれながら、年々加熱する中学受験。首都圏それも都心に暮らす親にとって、中学受験と無縁という人のほうが珍しいのではないだろうか。
だが、その“リアル”を知る機会は少ない。受験雑誌をにぎわせるのは成功者の話ばかり。しかし家庭によっては文字通り、茨の道であることも少なくない。中学受験をするかしないかは別として、受験をすると決めた家にとってはその道がどのようなものなのか、困難な状況も知ることは大事だろう。今回は残念な個人講師によって、茨の道を歩んでしまった母子に話を聞いた。

 この春、中学3年となった田中智樹くん(仮名)は、自宅から遠く離れた寮のある学校に通っている。寮生活のおかげだろうか、部屋の掃除に洗濯と、身の回りのことは随分と自分でできるようになってきた。月に数度の帰省の度にたくましくなる息子を見て、母親の愛さん(仮名)は胸が熱くなるという。

 だが、今でも悔やむことがある。

 「中学受験に向けた勉強の後半で、息子はどんどん追い込まれていきました。最後は頭にはげができました。でも、私は冷静に判断することができなかった。同じ過ちを他の親子にはしてほしくない。だから、お話ししようと思いました」

 話すには相当の勇気がいっただろう。当時のチラシや資料を手に、少しずつ重い口を開いてくれた。

■はじめは満足のいく成績を収めていた

 智樹くんの中学受験は、受験経験のある母親・愛さんの希望から始まった。幼少期から自宅そばにある大型ショッピングセンター内の幼児教室に通っていた智樹くん。そこが終われば次は塾、というのは自然な流れだったという。智樹くんは小3になると日能研に入塾した。

 日能研は首都圏では名の知れた、大手の中学受験塾だ。入塾にはテストがあり、入塾後は毎回のレベル分けテストの成績によりクラス分けがなされる仕組みになっていた。そして、クラス内での席も成績順。

 こうした塾では子ども同士は否が応でも成績の上がり下がりをお互いに知ることになる。負けず嫌いで競争心のある子どもにとってはいい刺激になるが、成績の上下に敏感に反応し、落ち込んでしまうタイプの子にとっては少々、過酷な環境となる。

 中学受験のための塾は、小3の2月から本格的に開講することが多い。本番である小6の2月の丸3年前、と数えるためだ。ところが智樹くんの入塾は小3のはじめと一足早い。競争相手の数が少ないため、はじめは満足のいく成績を収めていた。

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最終更新:4/25(木) 5:20
東洋経済オンライン

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