ここから本文です

大橋マキ 人気絶頂なのに2年でフジTV退社、涙の理由

4/25(木) 10:37配信

日経doors

フジテレビでアナウンサーを務めていた大橋マキさんは、人気絶頂の入社2年目で退職を決意し、アロマセラピストに転身しました。その裏にあったのは、「自分で選んだ道は幸せな道にしたい」という強い思い。なりたい自分になれず涙があふれてきた新人時代、半年間のイギリス留学を経て、現在に至るまでの道のりを聞きました。

【関連画像】

前編 人気絶頂なのに2年でフジTV退社、涙の理由 ←今回はここ

後編 都心を離れ田舎暮らし 「予想外の人生」は楽しい

●アナウンサー時代 限界を超えエレベーターで涙

 私がアナウンサーを目指したのは、「取材で見聞きしたことを自分の言葉で伝えたい」という情熱があったからでした。当時の夢は、報道に携わること。しかし入社して1、2年で報道の仕事が回ってくることはなく、バラエティ番組などが中心でした。

 スポーツ選手の取材では、親しみを込めたものだったと思うのですが、ポカッと頭をたたかれることが多く、なかなか真摯なインタビューが叶いませんでした。今思えば、お茶の間の視聴者に笑ってもらうという役割を与えられていたのかもしれません。けれど当時は、その役割を自分で受け止めて消化することができなかったんです。

 そしてとうとう、番組を終えてアナウンス室に戻るエレベーターの中で、涙が静かにあふれていました。自分の意志とは関係なく落ち続ける涙。「仕事が辛い」「辞めたい」と思っていたわけではないのですが、心は限界だったのかもしれません。

「アロマ」は人生の扉を開く大事な鍵

 そんななか、次の夢につながる出来事を体験しました。社会人2年目の頃、アロマセラピーサロンの取材で、言葉ではなく肌を通じて伝えるコミュニケーションがあることを知ったのです。

 私は脊椎側弯症という背骨が曲がってしまう持病があり、中学生時代からずっとコルセットを着けて生活していました。お風呂と体育の時間以外は、甲冑のような鉄骨入りのコルセットを巻かなければならず、体はあざだらけ。深呼吸もできません。ちょうど思春期で反抗心もあり、「もうこんな生活は嫌だ!」と叫んで母親とコルセットを投げ合う大げんかもしました。

 それでも母は毎日お風呂上がりに30分、背中を優しくさすってくれたんです。私は面倒に感じていましたが、ある日、母が私の背中をさすりながら寝入ってしまい、そのとき初めて、自分の疲れを隠して背中をさすり続けてくれた母の愛に気づきました。そして、畳がびしょびしょになるくらい泣いてしまったんです。

 その日のことは記憶のかなたにあったのですが、アロマセラピーサロンで施術を受けたとき、母の手と同じぬくもりを感じてフラッシュバックのように思い出しました。言葉でのコミュニケーションで頭がいっぱいだった私にとって、それは心が大きく揺れ動く出来事。「人生の扉を開く大事な鍵になる」と思い、翌日、アロマセラピーの通信講座に申し込みました。

●不安を抱えて退職 あの瞬間がターニングポイント

 しかし、アロマセラピーは自分で実践してこそ習得できるもの。通信講座よりもさらに深く学びたいと思い、私はフジテレビを辞める決意をしました。正直なところ、「辞めたい」というより「知りたい」という気持ちが勝っていたと思います。もちろん不安もありましたが、自分の人生をどうしていきたいんだろうと考えた末の結論でした。

 20代はまだまだ経験不足で、何をしてもうまくいかないこともありますよね。でもその分、周囲に対する感覚が澄んでいて、みずみずしい感性があると思うんです。私は20代のとき、「自分に正直に生きよう」と決めました。その気持ちは、今でも自分のベースになっています。

1/2ページ

最終更新:4/25(木) 10:37
日経doors

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事