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「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」への批判に応える――象徴を語れる研究者はいるか?

4/26(金) 18:20配信

中央公論

御厨貴(東京大学客員教授、元「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」座長代理)

★安倍官邸と宮内庁
 首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」(以下、有識者会議)に対する「一代限りの特例法という結論ありきだった」との批判は承知しています。そう見られても仕方がありません。しかし皇室典範の改正ではなかったとはいえ、また同様のケースが生じた時、有識者会議の最終報告書が参照されることは間違いありません。特例法は慣習法化していくものと考えています。

 当初、安倍内閣は本心としては天皇の退位を望んでおらず、困惑していました。官邸と宮内庁はほとんど意思疎通ができていなかった。宮中と内閣が対立しているような構図の中で、どうやって退位の文脈に結びつけていくのかが課題となりました。また陛下ご自身による「おことば」に、多くの国民は一も二もなく賛意を示していた以上、安倍政権は自らの考えをゴリ押しできず、あの解決法が導き出されたのです。官邸と陛下、宮内庁がある種の緊張関係にあったことが、今回の結果を生んだのだと言えます。

 宮内庁は今、かつてのような故事来歴に詳しい者や、長年要職を務める重鎮がいません。外務省や警察庁からの出向者が多いせいか、陛下を抱えている役所という特殊性への理解が足らず、新しい天皇像、皇室像を作っていこうという雰囲気がまったくありません。ゆえに陛下ご自身がリーダーシップを発揮するしかないという状況になったのです。

★プラグマティックでなければ前に進まない
 これまで憲法改正の問題が取り沙汰されるたび、九条もさることながら、そろそろ天皇条項に手を付けなければならないのではないかと私は主張してきました。陛下をある意味で自由に、憲法から解放してよいのではないか、と。

 そんな私は、今回、陛下はすぐさま憲法を改正できないからあえて超憲法的に出たのだなと直感しました。もちろん憲法を厳密に解釈すれば、陛下が自ら退位を言い出されたこと自体が政治的行為であり違反になります。私は折々、この経緯を「憲法の規定から足が出ているか、土俵の上に乗っているか、極めて危うい状況」という比喩で表現してきました。

 しかし陛下が先手を打たれたことによって、最初から焦点が象徴制に絞られました。そして、誰もが崩御されるまで在位し続けるものと考えていたところに、陛下が自ら高齢化を退位の理由にあげたのを受け、私は「高齢社会の今、天皇にも引退を認めていいのではないか」と思い、有識者会議を引き受けたのです。

 憲法違反か否かを云々し始めると議論が止まってしまいますし、皇室典範に手を付ける時間は到底ありません。ゆえに、有識者会議ではプラグマティックに徹し、退位問題に絞った特例法の制定が最速の方法と結論づけたのです。この判断は間違っていなかったと私は思います。

★象徴を語れる研究者はいるか?
 有識者会議へのもう一つの批判に、「象徴について、十分な議論がなかった」というものがあります。これはその通りです。象徴としての務めを論じ始めたら、そちらに議論が集中してしまったことでしょう。

 最大の心配は「右派」からの反発でした。宮中祭祀以外の、行幸啓、慰霊の旅など今の陛下が拡大してきたお務め自体に疑義を持っているからです。退位が急がれたため、象徴とは何かの議論で会議を停滞させることはできませんでした。「右」からの反対は今なお続いていますが、保守を代表する安倍総理だからこそ抑えることができるのでしょう。

 象徴としてのお務めについては、研究者がもっと議論しておくべきでしたし、今後も議論すべきです。しかし残念ながら、なかなか手は付かないと思います。なぜなら今回、そもそも憲法違反の疑いを指摘していたのは政治学者の一部だけであり、憲法学者は左派の数名を除いて口をつぐんでいました。だから象徴のあり方については陛下が主導権を握っています。ご自身のお仕事が象徴なのだと。たまたま平成の時代は自然災害が多く被災地を見舞われる機会が増えたこと、そして昭和天皇から引き継いだ戦災地への慰霊の旅とが重なって、お務めが肥大化しました。これが次代にも継続されるかというと難しい面があります。

 こうした問題に、研究者が基本的に無関心でいるのが残念です。

(『中央公論』2019年5月号「有識者会議への批判に応える」より抜粋)

みくりやたかし
1951年東京都生まれ。東京大学法学部卒業。東京都立大学教授、政策研究大学院大学教授、東京大学先端科学技術研究センター教授などを歴任。専門は政治史、オーラル・ヒストリー、公共政策、建築と政治。著書に『政策の総合と権力』(サントリー学芸賞)、『馬場恒吾の面目』(吉野作造賞)など。「時事放談」(TBS系)司会、東日本大震災復興構想会議議長代理、「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」座長代理を務めるなど幅広く活躍。

最終更新:4/26(金) 18:20
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