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ゲイ雑誌『Badi』“最後”の編集長・村上ひろしインタビュー【後篇】

4/26(金) 20:44配信

GQ JAPAN

1993年の創刊からゲイ文化を牽引してきた雑誌『Badi』は、いかに時代とかかわってきたのか。3人の重要人物へのインタビューによって、その知られざる歴史の編み目をつくりあげてゆく。第6回は、村上ひろし・後篇をお届けする。

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『Badi』新体制

村上には「時間と手間をかければかけるほどいいものができる」「編集者である以上、いい雑誌を作るためなら、残業したり休みがなくなったりしても仕方がない」という信念があった。その信念の下、がむしゃらに働く村上に、当時のスタッフたちも、文句ひとつ言わずについていった。

しかし、そのようなやり方は、すぐに行き詰った。精神的・体力的に限界を迎えたスタッフが、何人か退職してしまったのである。

「自分のやりたいことだけを、一方的に押しつけていたのかもしれない」「自分には、スタッフの意見をまとめる力がない」と反省した村上は、あらためて編集体制やルールを見直し、業務の効率化を図ると同時に、「みんなで作る」姿勢を明確にした。

「各記事については、それぞれの担当者に『好きなようにやって。出来上がったものはチェックするけど、本当にだめなとき以外は口出ししないから』と言いました。また、編集会議や、発刊後の反省会もやめました。編集部が狭く人数も少なくなった分、必要に応じて話し合いはできるし、記事を作っている途中で困ったことがあればすぐに相談しあえるし、雑誌が出た後にダメ出しをしても意味がないと思ったから」

勤務時間もフレックス制にし、ひとりひとりが自分のペースで仕事を進められるようになり、編集部の雰囲気は格段によくなった。「書店で買ってもらいやすい雑誌にするために、表紙に過激な写真や言葉は載せない」といった、それまでの制約を取り払い、担当者に自由にやらせた結果、「『Badi』のキャッチフレーズが、エロを突き詰めていて面白い」と話題になったりもした。

ところが、編集長に就任して3年ほど過ぎたころ、村上は再び、『Badi』を離れることになる。「将来的に、『Badi』をどのような雑誌にしていくか」を話し合ったところ、村上とほかのスタッフたちの意識にギャップがあることが明らかになったためだった。

「前に退職したときとまったく同じです。みんなは『情報の新しさや拡散力では、雑誌はネットには勝てない。だから、ライフ関連の記事を減らして、徹底的にアダルトに寄せよう』と言うけれど、僕は、かっこいいグラビアページも作りたいし、楽しい情報も載せたいし、『ゲイが読んで楽しいことをまとめたバラエティ誌』でなければ、ゲイ雑誌『Badi』の存在意義はないと思っていました。ただ、自分1人でライフ関連の記事を全部作るのは難しく、手伝ってくれるスタッフもいなかった。話し合いの末、『ほかのみんながエロを求めているなら、自分が退いた方が早い』と考えたんです」

退職し、編集プロダクションで仕事を始めた村上のもとへ、スタッフたちが「また戻ってきて一緒に仕事をしませんか」「ライフ関連の記事も、どんどん作ってください」と提案して来たのは、約1年後のことだった。村上が辞めた後の特集記事の内容や社内の雰囲気が、決して良いものではなかったそうだ。

「なにを今さら」といった思いや「退職と復帰」をもういちど繰り返すことへの抵抗感から、はじめは復帰の申し出を拒んでいたものの、抗いきれず、2016年1月、村上は再び『Badi』の編集長となった。

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最終更新:4/26(金) 20:44
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