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平成アイドル史のターニングポイントを考える「アイドル戦国時代はいかにして起こったか」

4/27(土) 15:40配信

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平成のアイドルカルチャーを振り返るインタビューの2回目。今回は2010年頃に始まった“アイドル戦国時代”について。AKB48とPerfumeが国民的アイドルへと上り詰める一方で、日本各地で新たなアイドルグループが続々と誕生したアイドル戦国時代。その一大ブームを、ファン、ビジネスの両面で支えてきたタワーレコード社長嶺脇育夫氏に振り返ってもらった。
──アイドルシーン全体の盛り上がりを感じたのはいつ頃でしょうか。

嶺脇 まずアイドル戦国時代の前にPerfumeの日本武道館公演(2008年11月6日・7日)が1つの到達点というか、秋葉原の地下からメジャーに行くまでの物語を目の当たりにできたんです。当時、僕はハロー!プロジェクト(以下、ハロー)の現場に通いつつ、Perfumeに熱量を感じていた時期でした。それと並行しながら、Perfumeのおかげで地方アイドルにも目が向いたんです。たとえば、広島のまなみのりさとか。

──まなみのりさはPerfumeと同じアクターズスクール広島出身の後輩グループですね。

嶺脇 他にも可憐Girl’sの中元すず香ちゃん(BABYMETAL、元さくら学院)だったり、アクターズスクール広島が熱かったんですよね。あと結成は2003年ですけど、その頃あたりからNegiccoを追い始めました。その一方で、ボンブラ(BONBON BLANCO)が2009年、メロン記念日が2010年に解散するなど、2000年頭ぐらいから活動していたアイドルグループが終わる時期とも重なっていたんです。

──1つの時代が終わりつつも、新たな始まりも感じていたと。

嶺脇 2009年は地方アイドルの盛り上がりを感じつつ、ももクロ(現ももいろクローバーZ)が『ももいろパンチ』でインディーズ・デビューするんです。そして伝説となっている全国各地のヤマダ電機を回るツアーを行いながら、同じ年に『未来へススメ!』もリリースする。

──その年に有安杏果も加入します。

嶺脇 そして翌年の2010年には『行くぜっ!怪盗少女』でメジャー・デビューをして一気にヒートアップしました。当時、僕は現場に通っていた訳ではないんですけど、ヤマダ電機ツアーなどをネット配信で観て、ファンと一緒に地下からメジャーへと駆け上がっていくももクロに熱いものを感じていました。当時は、今のももクロでは考えられないような、むちゃくちゃなこともしてましたね(笑)。そして年末に日本青年館で「ももいろクリスマス」を開催するんですが、それは僕も観に行きました。

──ももクロにとって初のホールコンサートですね。

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最終更新:4/27(土) 15:40
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