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日本のYKKがファスナーで世界1位になれた理由

4/27(土) 16:23配信

ニューズウィーク日本版

ジッパー(ファスナー)業界にはかつてタロンという支配的な企業があった。なぜ日本の1企業がタロンの本拠である米市場をも制することができたのか。中国からSBSというライバルが台頭しつつある中、ジッパー業界はどうなるのか。

スライダーを引っ張り、2列の小さな歯をかみ合わせると、バッグやジャケット、パンツがしっかり閉じる。これがジッパーだ(編注:ファスナー、チャックとも。日本ではファスナーが最も一般的)。この便利な日用品は、1世紀以上前にアメリカで発明され、今や全世界に広まっている。世界のあちこちで生産され、あらゆるものに縫い付け、あるいはのり付けされ、あらゆる場所で使用されている。

どこにでもある控えめな存在に見えるかもしれないが、ジッパーの現状は、喩えるならば、日本のパスポートに中国のビザがいくつもスタンプされているような状況だ。この奇妙な喩えの意味について、ジッパーの歴史や国際貿易理論、そして、現在進行中の市場シェアを巡る競争を紹介しながら説明していきたい。

クローゼットを支配する日本製品

クローゼットから服を5着取り出し、ジッパーのタブを調べてみてほしい。おそらく、少なくとも1つにはYKKと刻印されているはずだ。YKKは日本を本拠とする世界一のジッパーメーカーで、年間売上高100億ドル、世界市場シェア40%という目覚ましい業績を誇る。

では、どのようにして、日本の一企業が世界トップの地位まで上り詰めたのだろうか。日本の比較優位と関係しているのだろうか。イギリスの経済学者デビッド・リカードが1817年に提唱した通り、比較優位は貿易を促進する。

しかし、日出づる国はジッパーの製造に専門特化していたわけではない。もっと広く言えば、軽工業に特化していたわけでもなかった。なにより、YKKのジッパーが成功したのは輸出のおかげではない。一企業が国外に投資し、工場を建設したおかげだ。YKKは現在、73カ国に100前後の完全子会社を持つ。

ブルージーンズの発祥地、アメリカの発明

もしジッパーに関して比較優位を享受した国があるとしたら、それはアメリカだ。ジッパーはアメリカで発明され、いくつかの曲折を経て、アメリカで実用化された。アメリカのジッパーについて詳しく知りたい人は、メリーランド大学の科学技術史教授ロバート・D・フリーデルの著書を読むといい。徹底的な調査に基づく著書だが、読んで楽しい一冊だ。

フリーデルはジッパーについて、最初は誰からも必要と思われなかったが、苦労の末に普及した象徴的な発明だと捉えている。最初の特許が申請されたのは1893年。ゴム靴に初めて使用されたのは25年後だ。

実際のところ、ジッパーは実用化の道が必死に探られたイノベーションだった。仕立屋や衣料品メーカーはそれまでの長い間、フックやボタン、リボンに慣れ親しんでいた。安価で、取り替えやすく、色や用途も多彩なためだ。しかし、生活でスピードが重視されるようになり、ファッション業界が目新しいものを求め始めた結果、ジッパーはついに必需品となった。

ブルージーンズは、このプロセスの好例だ。リーバイスは1947年、ジッパーを採用したモデルを初めて売り出した。サンフランシスコに本拠を置く同社は、東海岸の女性たちの関心を引きたいと考え、存在感のあるボタンフライに問題があるのではないかと考えた。そして、ボタンフライに代わるものとして、ジッパー(英国ではジップと呼ばれる)が参戦してきた。結局、どちらが勝利したかについては、ローリング・ストーンズのアルバム「Sticky Fingers」のジャケットを見れば分かる。

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最終更新:4/27(土) 16:23
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