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ピラミッドよりも古い!世界最古の神殿「ギョベクリ・テペ」の謎(トルコ)

4/27(土) 11:06配信

サライ.jp

世界最古の神殿

文・写真/横溝絢子(海外書き人クラブ/トルコ在住ライター)

トルコの南東部は、文明発展の源となったチグリス川とユーフラテス川に挟まれた小アジア(アナトリア)の南東に位置する、豊かな歴史と文化遺産に恵まれた場所。
古代のアッシリアやローマ、ペルシャなどさまざまな帝国や文明、民族が行き交った。
その歴史は新石器時代の紀元前7,000年頃にも遡る。
紀元前2,000~1,500年にフルリ人、紀元前1,200年頃にはヒッタイト人がこの地を支配した。

1983年、このトルコ南東部のシャンルウルファ県郊外にある山頂からギョベクリ・テペ(太鼓腹の丘の意)が発見される。
1995年よりシャンルウルファ博物館とベルリン・ドイツ考古学研究所による共同の発掘作業が開始され、全容が明らかになった。

ギョベクリ・テペは、エジプトより約7,000年も古い、1万1,600年前に作られたと考えられる世界最古宗教施設であることが分かる。

2007年以降、ドイツ人学者クラウス・シュミットをリーダーとして発掘作業が進められ、地磁気調査では、直径8メートルから30メートルの円形をした礼拝所が20箇所発見された。
発掘の結果、巨大なT字形の石柱を円形状に建ち並べ、大きな円の中に小さな円があるといった綿密に設計された遺跡であることが分かった。T字型は人間の形のように見ることができ、そして胴体部分にはキツネ、ライオン、イノシシ、蛇、鳥など、様々な動物が刻まれている。

T字形の石柱の中には、大きなもので高さ5m、推定重量が10tにもなり、石の切出しや運搬を含め、多くの人出が必要だったと推測される。

農耕より先に宗教が誕生か

この遺跡の謎は、これだけ大掛かりな遺跡にも関わらず、遺跡周辺には水場がなく、作業員の住居、農耕の跡もなく、人が生活した痕跡がまるで残されていなかった。

これまで文明の誕生は、まず農耕が始まり、後に組織的な宗教が生まれたというのが定説であるが、ギョベクリ・テペの発見はこの通説を覆すものとなる。

すなわち、考古学の常識であった「人間が狩猟や採集生活から定住して農耕を始め、大きな社会を形成するにつれ生じるようになった集団内部の争いを抑え、共同体としての共通した象徴を信じるために宗教が生まれた」という従来の説の見直しが迫られることとなる。

狩猟時代に神殿が作られているということは、農耕という最初の文明以前に宗教があったことを意味する。

農耕が始まる前、狩猟民族が何らかの原因で定住し始めた頃、自分たちと動物達との大きな境界を意識し始めたことが宗教の始まりであり、長期にわたる神殿建設の間には、作業員や、祭儀のために聖地を訪れる人々に食糧を提供するために農耕が始まったと考えられる。
そして宗教は農耕社会で集団の安定のために引き続き利用されたのではないかと推測され始めている。

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最終更新:4/27(土) 17:56
サライ.jp

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