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小沢一郎氏が今こそ明かす宮沢内閣誕生前の「小沢面接」真相

4/30(火) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 小沢一郎氏は、47歳で自民党幹事長に就任、政治改革を掲げて党を飛び出すと、自民党と対決して細川連立政権、民主党政権と2回の政権交代の立役者となった。これまで決して政治史の舞台裏を語ることがなかった小沢が、平成日本を変えた数々の場面で何が行なわれ、どんな葛藤があったのかを「歴史の証言者」として初めて明らかにした。(文中一部敬称略)

◆「小沢面接」の真相(1991年10月)

〈海部(俊樹)内閣は総辞職し、自民党はまたも後継首相選びに入る。リクルート事件の“禊”が済んだということで、総裁選には宮沢喜一、渡辺美智雄、三塚博の3派閥領袖が名乗りをあげた。

 一方、小沢は幹事長辞任後に経世会の会長代行に就任し、金丸―竹下―小沢のトロイカが政治を牛耳る「金竹小」時代が始まっていた。そこで起きたのが「小沢面接」である。年長の3人を呼びつけて総裁の資質を問い質すという構図は、「傲岸不遜な小沢」のイメージを世間に印象づけた。〉

小沢:あれはもともと、一対一(での面談)のつもりで、「私から話を伺いに行きます」と言った。そうしたら「私たちは候補者だから、有権者に挨拶に行くのは当たり前です」と言うから、「それでは(私の事務所で)お待ちします」となった。それがマスコミでは「小沢面接」ってなってしまったんです。「自分(小沢)から行くと言っていた」と世間に説明してくれたのは渡辺みっちゃんだけ。宮沢さんは何も言わなかった。

──ともあれ、その面談で後継総理が決まった。

小沢:それが違うんです。3人に話を聞いた後、金丸さんから「竹下、小沢、来い」って呼ばれてね。

 今だから言うけれど、僕は「面白いから、渡辺みっちゃんにしましょう」と言ったはずです。すると金丸さんも「いいな、いいな」って言い出して、いったんは3人でみっちゃんを翌日の派閥総会で推薦しようと決めた。それで「渡辺総理」は決まりのはず。

 ところがそれなのに、翌日の朝、金丸さんから「ちょっと2人来い」となった。すると行った途端に、「すまん」って謝るんです。金丸さんが、竹下さんと僕に握手して「すまんけど、宮沢にしてくれ」となった。

──何があったのか。

小沢:わかりません。

──理由は説明されたのか。

小沢:説明なんかしないよ、あの人は。“(宮沢を)応援してやってくれ”って頼むだけ。竹下さんと僕は顔を見合わせるしかありませんでした(苦笑)。

●聞き手・レポート/武冨薫(ジャーナリスト)

※週刊ポスト2019年5月3・10日号

最終更新:4/30(火) 7:00
NEWS ポストセブン

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