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韓国で「吉田清治」が作った謝罪碑が復活、未だ残る従軍慰安婦“ウソ証言”の傷跡

4/30(火) 6:00配信

デイリー新潮

 韓国・天安市に「望郷の丘」という国立墓地がある。

 朝鮮半島から海外に渡って帰国を果たせぬまま亡くなった人たちの墓地で、1976年10月にまず213体を収めて開園。現在は1万体以上が安置され、「安葬申請」はいまも受け付けられている。

 パンフレットには「日帝強占期に、本人の意志によらず強制動員された海外同胞たちの帰郷の念を叶える場所」と示され、言ってみれば「徴用工」の墓地だ。徴用工訴訟はさらに拡大していく様相を呈しているが、そのうち韓国がこの墓地を象徴的な場所として持ち出すかもしれない。そしてここにもう一つ、反日の原点ともいえる石碑がある。

 あの吉田清治氏の「謝罪碑」である。

 済州島の女性205人を強制連行して従軍慰安婦にしたなどの作り話で従軍慰安婦問題の発火点になった吉田清治氏は、1983年12月、慰安婦問題を書いた著作の印税でその碑を作った。「謝罪碑」はハングルと日本語で以下のように書かれている。

〈「日本人の謝罪碑」
 あなたは日本の侵略戦争のために徴用され強制連行されて
 強制労働の屈辱と苦難の中で 家族を想い 望郷の念も空しく
 貴い命を奪われました
 私は徴用と強制連行を実行指揮した日本人の一人として
 人道に反したその行為と精神を深く反省して
 謹んで あなたに謝罪いたします
 老齢の私は死後も あなたの霊の前に拝跪して
 あなたの許しを請い續けます 合掌
 1983年12月15日
 元勞務報國會徴用隊長 吉田清治〉

 だが2年前、この「謝罪碑」は、奥茂治なる人物によって改変された。元の石板の上に短く3行、

「慰霊碑 日本国 福岡県・吉田雄兎」(原文はハングル)

 と刻んだ石板を貼りつけたのだ。「雄兎」は吉田氏の本名である。

 奥氏は元海上自衛官。実業に転じたものの、予備自衛官や沖縄県隊友会(OB組織)幹部として自衛隊を支え、国防問題の啓蒙、情報収集を行う「南西諸島安全保障研究所」を主宰している。尖閣諸島に最初に「本籍」を移したことでも知られる。

 奥氏は、吉田氏の長男・英治氏の依頼を受け、石板を張り替えて帰国した。その後、韓国警察の出頭命令に応じ渡韓して逮捕され、裁判になった。これは度々メディアで報じられたから、あるいは記憶にある人も多いかもしれない。

 そして2018年1月に懲役6カ月・執行猶予2年の判決が下る。一時控訴したが、取り下げて判決が確定、2018年2月に帰国した。

 それでは、その後「謝罪碑」はどうなったか。

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最終更新:4/30(火) 6:00
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