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新時代はアウトプット先行で

5/1(水) 21:00配信

Forbes JAPAN

「お前らは猿か」と先生は怒鳴った。

クラス替えがあり、新たな顔ぶれが揃った小学5年の4月、1996年のことだった。W先生が私たちの小学校に異動してきて、担任になった。着任してすぐのある日、W先生が出張で数時間、教室を空けたことがあった。不在の間、先生は私たちに白い紙を配り、このような課題を与えた。

新時代、AIに仕事を奪われる心配をしても仕方がない

「自分の『手』を描きなさい」

小5にもなって、なんて簡単な課題なんだろうと思った。私たちは紙の上に手を乗せて、周囲を鉛筆でぐるっとなぞった。一丁上がりだ。

ものの1分で課題を済ませた私たちは、担任不在の教室でおしゃべりに花を咲かせた。昨日のテレビ番組のこと、好きな子のこと、友達の悪口、話すことは山ほどあった。

途中でふと心配になって、紙の上の手型に爪や関節のシワ、影を書き足しておいた。「私は一応ちゃんと描きました」という言い訳をするためだ。そんな作業も5分とかからなかった。

その後、課題を回収したW先生からのフィードバックが、冒頭の叱責である。手の輪郭をなぞっただけで提出した子達のことを、特に厳しく叱った。親以外の人がここまで怒っているのを見たのは初めてだった。あとで適当に書き足しただけの私も同罪だと思った。

今思えば、きっとW先生は、この課題を通じて各々の個性や可能性を推し量ろうとしていたのかもしれない。

地方の国立大の附属小学校。塾に通っていた子も少なくなく、運動能力に長けていた子も多かった。W先生はそんな私たちの鼻をへし折った。「言われたこと、決められたことをやるだけの人間は、人間ではない」という趣旨のことを仰っていたように思う。「もっと主体的に生きろ」とも。目が覚めたような気持ちだった。

今でこそ、アウトプット型教育やアクティブラーニング、インタラクティブ・ラーニングの重要性が指摘されているが、20年以上前に私たちが地方の小学校でW先生から受けた教育は、実践的なアウトプット型教育そのものだった。

例えば社会科の授業。先生は私たちにこう尋ねた。「国内のじゃがいもの生産量が最も多い都道府県は北海道。それでは第2位は?」

北海道が1位なら、北の方だろうか。「青森」。「違います」。それでは面積が広い県か。「岩手」「福島」「長野」……。「違う」。

当てずっぽうに言っているうちに、正解にたどりついた。長崎県だ。ちなみに第3位は鹿児島県。実際のところ、生産量の8割方は北海道が占めるが、次に多いのは九州だったのだ。

「それではなぜ北海道が1位で、長崎県が2位なのか」。先生は私たちにその理由を考えさせ、調べさせた。その過程で、私たちは様々なことを自ら学ぶことになった。

1600年ごろにインドネシアのジャカルタを拠点にしていたオランダ人が、長崎の出島に初めてじゃがいもを持ち込んだらしいということ。その後北海道にも持ち込まれたこと。じゃがいもには男爵いもやメークインといった品種があること。ジャガイモは涼しい気候を好むため北海道の生産量が圧倒的に多いが、長崎県や鹿児島県などでは年に2回、「春作」と「秋作」がなされ、北海道のじゃがいもが出回らない端境期に九州産のニーズがあることなどだ。

国内生産量の1位は北海道、2位は長崎県、ということだけをインプットしてしまえばテストはクリアできるのかもしれないが、「なぜか」というアウトプットを求められたおかげで、じゃがいもを通じて様々なことをインプットすることができた。先生の授業は往々にしてこんな感じで進んだ。

逆に、背景や理由がわからないまま、ただ機械的にインプットをすることが苦痛になった。しばらくアウトプットの機会がなければ、どんどん忘れていってしまうのだ。私は特に暗記が苦手だった。

私たちは調べものをしたり、アウトプットをしたりする際の「技法」も少しずつ学んでいった。

1998年の教育課程審議会の答申に基づき2000年度に「総合学習」が一斉に導入されたが、国立の実験校だったからだろうか、それ以前から小学校のカリキュラムに総合学習の時間があった。個々人でテーマを決めてリサーチをし、レポートにまとめて発表した。世界地図で気になっていた世界最大の島「グリーンランド」について調べ、発表した覚えがある。

W先生の体育の授業は、運動が苦手だった私でも最高だった。

例えば短距離走。「誰が速いか」ではなく「誰がどれだけ速くなったか」、つまり個々人の成長を評価してくれたのだ。

短距離走を、そのタイムを決める様々な要素に因数分解し、ポイントごとに練習させた。スタートのタイミング、手の振り方、脚の上げ方、目線の置き方、ゴールの姿勢など、一人ひとりが自ら弱点を見出し、改善できるよう促した。それまで50メートル走で10秒以上かかっていた私は、最終的に8.4秒に縮めることができた。「良かったな」と先生が声を掛けてくれたことは忘れられない。

6年生になり、W先生はクラスを6つほどのチームに分けた。ハンドボールをやるのだという。クラスは年間を通して、ひとつのハンドボールリーグになった。

最初に先生が各チームに命じたのは、これからチームが守っていくハンドボールのゴール作りだった。ゴールの入り口の縦横と奥行きの深さは決められていたが、あとはどのように設計するか、各チームに任された。私たちのチームはできるだけ相手チームからゴールを小さく見せようと、奥に向かって小さく見えるようなゴールを設計した。設計図に基づいてパイプを組み合わせ、白と水色で塗った爽やかなゴールができた。

ハンドボールのルールを覚えると、毎回の授業前に各チームで自主的に作戦会議が開かれるようになった。クラス内リーグの星取り表で「負け」が混むと悔しがり、勝つためにどうすればいいかを皆で考えた。メンバーの適性を見極め、相手チームとの組み合わせなども考えて、毎回誰がどのポジションにつくか、どのように攻撃するか、拙いながらシミュレーションをした。

自主練をするチームも出てきた。誰もが未体験の球技だからか、個々の身体能力の差よりも、日々チームが成長していく面白さを全員が感じていた。

この頃には、W先生の言う「主体的に生きろ」ということがどういうことか、また何事にも主体的に取り組むことの面白さを子供ながら理解していたように思う。当時、先生に認められたい気持ちもあって、皆必死でアウトプットに取り組んでいた。良いアウトプットをするためには、質量ともにかなりのインプットが必要だということも学んだ。

あれから20年以上が経った。新時代を迎える局面になり、W先生の教えをよく思い出す。いま白紙を渡され、「自分の手を描きなさい」と言われたら、何を描くだろう。先生に出会わなかったら、どんな人生を送っていただろう。

答え合わせをするかのようにこの本を手に取った。金川顕教著『仕事と人生を激変させるなら99.9%アウトプットを先にしなさい』(SBクリエイティブ、2019年) 。

著者の金川氏は「人生の9割はアウトプットで決まる」と説き、「ビジネスに成功している人は、必ずアウトプットがしっかりできている人たちばかり」とする(「はじめに」より)。

そのうえで「インプット→アウトプット」の順番を逆にし、「アウトプット→インプット」の順で物事を進めれば、仕事と人生が激変する、と主張する。

よく考えれば、大学の論文でも、就活でも、インプット以上にアウトプット力が問われていた。仕事を始めれば、日々がアウトプットの連続だ。社会は、人々の仕事=アウトプットによってできていると言えるのかもしれない。

筆者の仕事上、原稿を書くことをアウトプット、取材や情報収集をインプットとすると、インプットを増やせばアウトプットに繋がるかというと、なかなかそうはいかない。しかし、アウトプットを志向すればするほど、質量ともによりよいインプットが必要になってくるものだ。原稿がうまく書けない、と生みの苦しみに苛まれて初めて、自らのインプットの浅薄さを呪う。

かつて、インプットやアウトプットが制限されていた時代があった。

平成の時代に生まれたインターネットやSNSは、世界中の人々にアウトプットの舞台をフラットに提供する装置として大成功した。その結果、誰もがインプットを効率的かつローコストでできるようになった。

新時代、進化し続けるAIによって人間の仕事がなくなるかどうかを心配していても仕方がない。仕事としてアウトプットの機会があるということ自体が、実は幸せなことなのかもしれない。

結局は自分で自分の尻を叩き、アウトプットを志向し、その質を磨いていくしかないのではないかと思う。

林 亜季

最終更新:5/1(水) 21:00
Forbes JAPAN

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