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2009年Jリーグ。鹿島が3連覇、やっぱり2位じゃダメなんです。香川真司はJ2で得点王に【Jリーグ平成全史(17)】

5/3(金) 7:00配信

フットボールチャンネル

2009年(平成21年)

 J1にはJ2からサンフレッチェ広島とモンテディオ山形が昇格。入れ替わりで東京ヴェルディとコンサドーレ札幌がJ2に降格し、JFLから栃木SC、カターレ富山、ファジアーノ岡山の3クラブが昇格した。この年からJ2も18クラブ制になっている。

シリーズ(1)~(11)はこちら

●J1参加クラブ
モンテディオ山形
鹿島アントラーズ
浦和レッドダイヤモンズ
大宮アルディージャ
ジェフユナイテッド市原・千葉
柏レイソル
FC東京
川崎フロンターレ
横浜F・マリノス
アルビレックス新潟
清水エスパルス
ジュビロ磐田
名古屋グランパス
京都サンガF.C.
ガンバ大阪
ヴィッセル神戸
サンフレッチェ広島
大分トリニータ

●J2参加クラブ
コンサドーレ札幌
ベガルタ仙台
水戸ホーリーホック
栃木SC
ザスパ草津
東京ヴェルディ
横浜FC
湘南ベルマーレ
ヴァンフォーレ甲府
カターレ富山
FC岐阜
セレッソ大阪
ファジアーノ岡山
徳島ヴォルティス
愛媛FC
アビスパ福岡
サガン鳥栖
ロアッソ熊本

 2008年から従来の外国人枠に加え、AFC加盟国・地域の選手を1人起用できる「アジア枠」が新設された。そしてレギュレーションの最も大きな変更点としては、J1・J2入れ替え戦が廃止となり、J1の16~18位が自動降格、J2の1位~3位が自動昇格となったことが挙げられる。

 J2は18クラブ制になったが3回総当たり制は維持され、全51節を戦う過酷なリーグとなった。前シーズンに比べ、各クラブ9試合が増えた計算になる。また2006年から2008年まではクラブ数が奇数だったため各節1つは試合を行わないクラブがあったが、18クラブ制になったことで全クラブが毎節試合をこなすようになった。

主な出来事

 まずは熾烈な昇格争いが繰り広げられたJ2から。序盤からC大阪と湘南が抜け出し、それに仙台や甲府が続く。中盤戦に入るとハーフナー・マイク擁する鳥栖なども追い上げるが、先の4クラブには及ばず。終盤の48節(!)終了時点で、C大阪と仙台が自動昇格圏内を確定させた。

 残る1枠の争いは最終節までもつれた。最後は湘南が第51節で水戸に2点差をひっくりかえす大逆転勝利を収めて3位に滑り込み、11年ぶりのJ1復帰を果たした。そしてJ2の得点王争いも豪華だった。トップはC大阪で27得点を挙げた当時20歳の香川真司、2位に草津で23得点を奪った現C大阪の都倉賢、彼らに3位の日本代表FW大黒将志(東京V、21得点)、4位の乾貴士(C大阪、20得点)と続いた。

 一方、J1では鹿島が王朝を築き上げた。2連覇中の王者は序盤から順調に勝ち点を積み上げ続け、3節から19節まで17試合連続無敗を記録。2位以下との勝ち点差を二桁まで広げた。中盤以降はやや調子を落とす時期もあったが、最終節のアウェイ・浦和戦に勝利してJリーグ史上初の3連覇という偉業を成し遂げた。

 2009年には象徴的な降格劇もあった。前年に最終節で奇跡的なJ1残留を果たしていた千葉は19節終了時点でアレックス・ミラー監督を解任。だが監督交代後も12戦未勝利など、とにかく勝てず第31節で川崎Fに敗れて降格が決定、さらに最下位でJ2降格となった。

 千葉は1965年に古河電気工業サッカー部として旧日本サッカーリーグ(JSL)の発足に参加して以来、45シーズンにわたって1部リーグ所属を守り通してきた唯一のクラブだったが、初の下部リーグ降格となった。

 2008年にJ1で4位と躍進しヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)を制していた大分は、財政難に泣いた。森重真人や清武弘嗣、金崎夢生、家長昭博といった若手タレントを数多く抱えていながら、上位進出とタイトル獲得による選手たちの待遇改善にクラブの体制が追いつかず。引き分け導入後はJリーグワーストとなる14連敗も経験。功労者だったペリクレス・シャムスカ監督の更迭に踏み切ったが時すでに遅し。4試合を残してJ2降格が決まり涙を呑んだ。

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最終更新:5/3(金) 7:00
フットボールチャンネル

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