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差別語の不可解、ノートルダム大聖堂の火災事故で想起

5/7(火) 16:00配信

NEWS ポストセブン

 放送で使用が禁止されていたり、新聞や出版物で使われることが推奨されない言葉がある。いわゆる「差別語」とされるものだ。評論家の呉智英氏が、パリのノートルダム大聖堂火災事故のニュースに接して喚起された、差別語の不可解について論じる。

 * * *
 ノートルダム大聖堂の火災事故を報じる四月十六日付朝日新聞夕刊を読んで、私は思わずにやりと笑った。大聖堂の解説にこうあったからだ。

「『ノートルダムのせむし男』など、映画の舞台にもなった」

 朝日新聞は三十年ほど前にはこれが書けず、『ノートルダムの男』という珍妙なゴマカシ表現をしていたのに。映画の原題はHunchback of Notre Dameである。

 この有名な映画は、マンガにも翻案されている。ちばてつやのデビュー作『復讐のせむし男』である。十七歳の少年の作品とは思えない出来栄で、後の活躍を予言しているようだ。しかし、これは長く復刻されず、二〇〇三年に復刻された時も、書評では全く取り上げられなかった。

 そのちばてつやの『ひねもすのたり日記』は、昨年手塚治虫文化賞特別賞を受賞した興味深い自伝マンガだが、その中に気になる記述がある。ちば少年は家族とともに満洲で終戦を迎え、ロシヤ兵や支那人暴徒に怖い目に遭う。日本人の工場長がこう言う。

「ゆうべはロスケ(ロシア兵の蔑称)に西棟の社宅が襲われた」

 欄外にもさらに免責注がつく。

「『ロスケ』はロシア人に対する差別表現であり、現在は使いませんが、ここでは当時の時代背景を伝えるために使用しております」

 一方、避難民がこう発言する。

「日本の警察はいつも威張って…中国人からにくまれていたから」

 当時、普通の日本人で支那人を中国人と呼んだ者はいないはずだ。ここでは「時代背景を伝える」必要はないのだろうか。私が全共闘の学生だった頃から半世紀言い続けてきたように、世界共通語である「支那」はそもそも差別語ではない。終戦期の言論統制で「差別認定」されたのだ。ロシヤ人をロスケと呼ぶのは明白な差別だが、それでも免責注を付ければ許される。支那人を支那人と呼ぶのは免責注を付けてさえ許されない絶対的差別語なのだろうか。

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最終更新:5/7(火) 16:00
NEWS ポストセブン

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