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マツダ、どん底でもモデルベース開発に邁進したワケ

5/7(火) 11:00配信

日経ビジネス

 「マツダはどうしてこうも変わったのか」

 2014年の4月、ちょうど5年前に日経ビジネスオンライン時代の連載記事「走りながら考える」の取材で、広島・向洋(むかいなだ)のマツダ本社を初めて訪問した。

【マツダ工場内の写真など、こちらをクリックして「元記事へ」からどうぞ】初代デミオ。1996年登場。

 「世界の2%に深く愛されればいいんです」

 “藤原大明神”こと藤原清志氏(現副社長、当時専務)の、大企業の役員らしからぬ歯切れのよさ、それを止めもしない広報担当の胆力、そして「変種変量生産」をこなす工場。筆者のフェルさん(フェルディナント・ヤマグチ氏)ともどもすっかりやられて、連載は、いつまでたってもマツダの話が終わらない「マツダ地獄」と化した。一時はさんざんだったのに、いつの間に、どうやって、こんな「ヘンな」会社にマツダはなったのか。

●広島に行きまくって取材しまくったら「ページ数が足りない」

 マツダの2000年代の変貌、その鍵である「モノ造り革新」の仕掛け人、金井誠太氏(現相談役、当時は会長)に話を聞きたいと申し込み、それがかなえられたのが、2015年の9月。そこからこの3月まで12回、各2~3時間のインタビューを行った。物分かりが悪いインタビュアーが相手だと、大変である。誠にご迷惑をおかけしました。

 実は昨年春、この内容を紙の「日経ビジネス」でまとめて6回の短期連載でご紹介したのだが、当然、面白い話がまだまだ山のようにある。そして、単行本にまとめる際にはぜひ、「走りながら考える」で培った対談スタイルにしたい(雑誌の場合は紙幅の都合上、語り下ろしとなった)。本にするならまだまだまだまだ聞きたいことがある。合わせて、金井さんだけじゃなく、他の方の証言もぜひ聞きたい……。

 膨れ上がる構想を抑えかねて、取材しまくって書きまくったら、「ページがぜんっぜん足りません」と、本の担当編集Y崎君(奇しくも「走りながら」の前任担当者である)から悲鳴が上がった。最終的に、めでたく『マツダ 心を燃やす逆転の経営』と題して単行本になったものの、証言部分は泣く泣く藤原大明神のみの収録となった。

 このままでは取材させていただいた方に申しわけないし、なにより、面白い話を寝たままにしておくのは寝覚めがよろしくない。

 そこで今回から日経ビジネス電子版で、収録しきれなかったインタビューや、時間的に間に合わなかったモノ造り革新の立役者への新たな取材を、この連載でご紹介していきたい。本を読まなくても面白いし、本と併読していただければよりいっそう面白い(はず)。よろしくお付き合いをお願いいたします。

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最終更新:5/7(火) 11:00
日経ビジネス

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