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<解説>驚きの発見、標高3000m超のチベット高原にデニソワ人化石

5/8(水) 17:38配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

ついに2カ所目! 人類到達以前の16万年前、高地適応の遺伝子の起源か

 チベット高原の外れにそそり立つ険しい岩山。そのふもとにぽっかりと口を開けた白石崖溶洞は、チベットの人々が昔から祈祷と病気療養のためにやってくる聖なる洞窟だ。入り口には色とりどりの祈りの旗が掲げられ、風にはためいている。1980年、その洞窟のなかで、近くに住む僧侶が奇妙なものを発見した。2本の大きな歯がついた人の顎(あご)だった。だが人といっても、現代の人間のものでないことは明らかだった。

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 最近になって中国の研究チームがその特徴を詳細に分析し、さらにタンパク質を抽出して調べたところ、これは16万年前の謎の旧人デニソワ人の下顎と判明した。この研究結果は、5月1日付けの学術誌「Nature」に発表された。デニソワ人はネアンデルタール人に近い種で、これまでシベリア、アルタイ山脈のデニソワ洞窟1カ所でしか発見されていなかった。

 今回の化石は、発見された中国の夏河(かが)県にちなんで「夏河の下顎」と名付けられた。この発見により、デニソワ人の謎がひとつ解明された。デニソワ人の化石はデニソワ洞窟でしか見つかっていなかったとはいえ、そのDNAはアジア全域とオセアニアの現代人に広く残っている。今回、シベリアの洞窟から2250キロも離れた夏河で顎の骨が見つかったことにより、デニソワ人が大陸のかなり広い範囲に拡散していたことが裏付けられたのだ。

 デニソワ人の祖先は、少なくとも40万年前にネアンデルタール人から枝分かれし、東方のアジアへ向かったと考えられている。そして初期のネアンデルタール人は、ヨーロッパ全域と西アジアに広がった。現生人類が最初にアフリカを出たのはおよそ20万年前のことだが、やがて中東でネアンデルタール人と出会い、交配した。さらに一部は東へ向かい、アジアへ入ると、そこに住んでいたデニソワ人と交わった。それが、現代のアジア人のなかにデニソワ人のDNAが残されている理由である。

 デニソワ人が残した痕跡のひとつが、現代のチベット民族とネパールを中心に暮らす少数民族シェルパが持つ、高地環境への適応力と言われている。過去に唯一、デニソワ人の化石が発見されていたデニソワ洞窟は標高700メートルだったが、夏河は3280メートル。デニソワ人が、低酸素環境に適応するDNAを持つ現代チベット人と同じ高地まで到達していたことを示す初めての証拠だ。また、気候の厳しいチベット高原で現生人類が活動したことを示す最古の証拠は4万年前のものだが、夏河の化石はその4倍も古い16万年前のものと判明した。

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