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「通説」を覆す「全身翻訳家」の挑戦――鴻巣友季子『謎とき「風と共に去りぬ」』

5/11(土) 7:00配信

Book Bang

「第二芸術論」で知られるフランス文学者の桑原武夫は、とんでもない研究者に出会ったときに「おもろい」という言葉を発したという。「頭がいい」でも「できる」でもなく「おもろい」。これが桑原の最上級の褒め言葉だった。哲学者・鷲田清一さんが何かの著書で紹介していたエピソードだ。

「頭がいい」や「できる」は既存のものさしで測られた評価でしかないが、「おもろい」というのは、これまでの通説やそれが依って立つ基盤そのものを揺るがし、場合によっては解体してしまうような兆候を感じとったときに発せられる言葉だ。鷲田さんにこのエピソードを教えてもらってはっきりしたのだが、私は「100分de名著」で講師を選ぶ際に、この「おもろい」があるかどうかを大事な選択基準にしているのである。

 去年、この「おもろい」を心の中で何度も呟くような幸運に巡り会った。翻訳家・鴻巣友季子さんとの出会いである。

 鴻巣さんの翻訳はJ・M・クッツェーの諸著作などで親しんでいた。どのような語りをされる人なのかという好奇心からトークショーに参加したのをよく覚えている。期待にたがわず、ビビッドな語り口で魅了された。確か、その感想をSNSでつぶやいたのをきっかけに、SNS上で鴻巣さんとのやりとりが始まったと記憶する。ぶしつけながら、鴻巣さんに、『風と共に去りぬ』の解説をお願いできないかメッセージをお送りしたところ、興味をもっていただき、お会いすることになった。

 一抹の不安はあった。エンターテイメント感満載で、誰に教えられずとも読めてしまうこの本を、番組で解説する必要はあるのだろうか、と。

 ところが、その懸念は鴻巣さんにお会いしていっぺんに吹き飛んだ。社員食堂でお茶を飲みながらの打ち合わせだったのだが、途中カップをもつ手が止まってしまった。「この小説、ディストピア小説としても読めるんですよ」「映画では全然目立たなかったメラニーがカギなんですよね、この小説って」「自由間接話法を使った高度な文体戦略がこの小説の面白さを支えているんですよ」等々と、読み解きのアイデアが鴻巣さんの口から次々に飛び出してきた。私はその間、ずっと心の中で「おもろい」という言葉を繰り返し呟いていた。まさに『風と共に去りぬ』を取り巻く通説ががらがらと音を立てて崩れさっていく、快感に満ちた時間だった。

 鴻巣さんはご自身のことを「全身翻訳家」と呼んでいるが、全身で作品に没入し、最深部まで潜ってその細部を味わい尽くし、再び水面に浮上してきて、私たちが表面的にしか読めていなかった、作品の深部にある「宝物」を届けてくれる……私は、そんなイメージで鴻巣さんのお仕事を眺めている。鴻巣さんの近著『謎とき「風と共に去りぬ」』や「100分de名著」での解説には、そんな「宝物」がたくさんちりばめられていた。

[レビュアー]秋満吉彦(NHK「100分de名著」プロデューサー)

新潮社 波 2019年5月号 掲載

新潮社

最終更新:5/11(土) 7:00
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