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ニトリが不況を経るにつれ成長した理由、似鳥昭雄会長に聞く

5/12(日) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 平成の30年間、バブル崩壊以降の日本経済はデフレ不況のトンネルを抜け出せない時期が長く続いた。その荒波をものともせず、32年連続増収増益と右肩上がりの成長を遂げたのが、家具やインテリア雑貨を手がけるニトリホールディングスだ。

【写真】ネット通販もリアル店舗も好調なニトリ

 同社を率いる似鳥昭雄会長(75)は“経済予測の達人”として財界に名を轟かせている。彼は混迷深まる経済、激動する企業環境の下、時代を読む力や競争を勝ち抜いていく慧眼をどう身につけたのか。さらに新しい元号を迎えた日本経済はこれからどう進んでいくのか―─詳しく訊いた。

◆悪戦苦闘の40代

──32年連続増収増益、つまりニトリは平成の間ずっと成長を続けてきたことになります。

似鳥:平成元年(1989年)当時は私も45歳と若かった。その年の9月に札幌証券取引所に株式上場しました。その2か月前に父(義雄氏)を亡くしており、会社としても私個人にとっても大きな転機でしたね。

 上場当時は、店舗が18店、売上高は132億円、営業利益が8億7800万円、社員数は248人だった。ホームグラウンドの北海道を出て本州に展開するには、まだまだという状況です。それが30年後のいま(2019年2月期)は、店舗が576店、売上高で6081億円、営業利益が1007億円、社員数は1万2668人になった。会社とともに平成を駆け抜けてきたという感じです。

──当初は苦労もあったのでは?

似鳥:40代はなかなか苦しかった。「100店舗・売り上げ1000億円」と公言しながらも、利益も店舗数もなかなか増えませんでした。

 それでも「いかに安く商品を提供するか」という信念は変えなかった。そこで考えたのが、問屋ではなくメーカーからの直接仕入れ、さらには海外からの輸入を増やすことでした。

 1985年のプラザ合意による円高もあり、「海外から安く買える、チャンスだ」とアクセルを踏みました。

 とはいえ、当時は商品の品質が悪く、お客様からのクレームの嵐で返品の山。1989年頃まで大変な思いをしています。あまりにクレームが多いものだから、辞める社員も続出しましたが、私はそれでも「ウチが生きる道はこれしかない」と、輸入に軸足を置く考えを貫きました。ただ、当時の新卒採用者が、入社3年を経ずして半分以上辞めていったのは堪えましたね。

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最終更新:5/12(日) 7:00
NEWS ポストセブン

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