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政治を「ゲーム」することに関する若干の考察

5/12(日) 6:30配信

Book Bang

 10年ほど前に、留学先のアメリカでゲーム理論を用いた国際関係論の講義を受講した。その講義の冒頭における教授の一言が、今でも印象に残っている。

「ゲーム理論家は経済学では天才と崇められるが、政治学では蔑まれる。覚悟しておくように」

 海堂尊の小説『ジーン・ワルツ』シリーズの主人公である産科医の夫は、MITに勤めるゲーム理論家であり、天才的人物として描かれている。小説の世界ではなくても、(応用ではない)ゲーム理論を研究している人の中には天才的人物とみなされている人が多い。一方で政治学でゲーム理論を用いると、「実際の政治を理解せずに机上の空論で遊んでいるだけだ」と蔑まれるというのである。この話をした教授は、国際関係論のゲーム理論分析では業績を多く持つ有名人だった。こんな優秀な人でも言われるのだな、と印象的だった。

 しかし、このような話は実際に山ほどある。それは、ゲーム理論が経済学の枠を飛び越え、あらゆる分野に応用されるようになった背景を考えれば、必然かもしれない。

ゲーム理論は非現実的? 

 ゲーム理論とは、端的に言えば数学を用いて、複数の意思決定者の行動を分析し、生じ得る結果を予測する分析手法である。従来の経済学では、一個人に市場価格を変える力はないため、影響力が極めて小さい意思決定者を分析対象としてきた。一方でゲーム理論では、すべての意思決定者たちの選択が結果に影響を与える状況を分析対象としている。私たちの社会には、むしろこのように多くの意思決定者の選択や利害がお互いに影響し合っている状況が多々ある。よって、ゲーム理論が分析対象としている事象は、私たちの社会にあふれていると言える。

 その結果、ゲーム理論は経済学の枠を飛び越えて、多くの分野に応用されてきた。政治学はその代表例ではあるが、それ以外にも、経営学、ファイナンス、社会学、法学、生物学、人類学、工学、コンピューターサイエンスなどに応用されている。政治学や社会学などの社会科学だけではなく、自然界の分析にも幅広く応用されていることになる。

 この中でゲーム理論の最も有名な応用先は経営学と言ってよいだろう。1980年代以降、個々の意思決定者が持っている情報量が違う「情報の非対称性」を明示的にゲーム理論に導入した分析が発展した。例えば、個々のプロジェクトに関しては従業員の方が経営者より情報を持っており、会社経営に関しては経営者の方が投資家より情報を持っている。よって、情報の非対称性を分析できるようになったゲーム理論は、まず経営学に盛んに応用されることになる。かく言う私も20年ほど前に日本で修士課程の学生だった時には、取締役会のゲーム理論分析を行っていた。その際にも「数理分析は実際の経営や会社を理解していない」という批判を聞くことは少なくなかった。また、取締役会の分析は会社法と関わるが、法律へのゲーム理論の応用も「法と経済学」と呼ばれて盛り上がっていた。しかし、そこでも数理分析が批判されることはあった。冒頭の数理分析に対する批判は、政治学に限った話ではないのである。

 このような批判が生じる理由もわからなくはない。中学や高校で学ぶような数学を考えれば、実際の社会の分析に適用できるなど夢にも思わないだろう。私も決して「ゲーム理論は完ぺきな分析手法だ」とか「ゲーム理論で何でも分析できる」などとは思っていない。ただし、ゲーム理論を用いた数理分析は、中学や高校で学ぶ数学のように明確な答えがある問題を議論しているわけではないことは理解してほしい。

 ゲーム理論では、まず個々の意思決定者の目的を設定する。そのうえで、各意思決定者が持っている選択肢や、意思決定の順番などのゲームの「ルール」も設定する。そのルールの下で、各意思決定者は自身の目的を最大限達成できるような選択をすると考える。ここで、目的をどう設定するか、あるいはゲームのルールをどう設定するかは、すべて分析をする研究者が考えることになる。つまりゲーム理論は、何か明確な答えのある計算をするために用いるわけではなく、研究者自身の考えを示すためのツールに過ぎない。現実の社会を単純化し、そこにある本質を取り出して、「現実の社会でなぜこのような事象が生じているのか」を明快に示すためのツールということである。よって、ゲーム理論を用いることで特定の結論を得られるわけではなく、むしろいかような結論でもゲームの設定次第によって得ることができると言える。

 また、ゲーム理論には多くの誤解がつきまとう。例えば、「人間はゲーム理論で考えるほど利己的ではない」とか、「数理分析で描かれるほど人々はスマートではない」などである。しかし、ゲーム理論は利他的人間も、失敗をする人間も分析することができる。これらは目的やゲームのルールの一環であり、いかようにも設定することができるからだ。実際に、拙著のChapter1では利他的人間や、意思決定を失敗する人間も分析しているので参照されたい。

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最終更新:5/12(日) 6:30
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