ここから本文です

マニアに愛されるクルマの当たり年! 平成11年生まれの名車&迷車5選

5/14(火) 11:41配信

WEB CARTOP

時代の変わり目を感じさせるモデルが多い

 5月1日から新しい元号「令和」がスタートし、31年の長きに渡って続いた平成の元号が終わった。31年間続いた平成という時代はバブル景気の絶頂期と崩壊、阪神大震災や東日本大震災といった大規模災害、長かった不景気など、激動の時代であった。

先を行きすぎてヒットを逃した平成の残念なクルマ3選!

 激動だったのは日本車の大躍進や次々と変わったユーザーの志向の変化など、時代を映す鏡とも言われるクルマも同じだった。そこで平成の終わりを期に、平成を駆け抜けたインパクトあるクルマを良かったほう、悪かったほう含めて振り返ってみたいと思う。平成元年からスタートした本企画もついに平成11年編だ。

■平成11年(1999年)ってどんな年?

 携帯電話&PHSはNTTドコモが開始した着信時の着メロや各種情報を取得できるiモードも後押しし、契約台数は5000万台を超え、日本人の2人に1人が持つ時代となった。また契約台数の増加に対応し、携帯電話の電話番号も11ケタとなった。

 政界では元作家、元衆議院議員の石原慎太郎氏がこの年の4月の東京都知事に当選し、2012年まで東京都知事を続けた。

 経済界では8月に現在のみずほ銀行となる第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行の議場統合、現在の三井住友銀行となる住友銀行とさくら銀行の合併が発表され、金融業界の再編が大きく進んだ。

 自動車業界では3月に2兆円の負債を抱える大ピンチに陥った日産がルノーと資本提携を結び、トップにはルノーから現在渦中の人となっているカルロス・ゴーン氏が送り込まれ、再建のため日産リバイバルプランが始まった。日産リバイバルプランは工場閉鎖、2万1000人の人員削減、関係サプライヤーの再編、クルマ造りの根本的な見直しなど多岐に渡るドラスティックなものだった。日産リバイバルプランには賛否はあったが、当時瀕死に近かった日産の状態を考えれば、必要な大手術だったのは事実だ。

 またこの年にクルマのナンバープレートは地名の後が3ケタとなり、同時に希望ナンバーがスタートし、ガソリン価格もレギュラーガソリンの全国平均で90円を割ることがあるなど、今から考えればクルマに乗りやすい時代でもあった。

1/3ページ

最終更新:5/15(水) 14:39
WEB CARTOP

記事提供社からのご案内(外部サイト)

クルマの「知りたい」を完全網羅
新車試乗・最新技術・お役立ち情報 etc……
すべてがわかる自動車メディアの決定版

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事