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期待と失望が交錯した民主党政権時代のメディアと政治を振り返る<「言葉」から見る平成政治史・第6回>

5/14(火) 15:30配信

HARBOR BUSINESS Online

「新しい政治」を模索した民主党政権の失速

 もちろんネット選挙以外にも、民主党は「古い政治」に対して、「新しい政治」をぶつけようとし、またそのための政治の言葉を用意した。前章でも取り上げた「消えた年金問題」や、マニフェスト政治などを手がかりにしながら、日本政治に新しい息吹を持ち込もうとしたのである。それらはそれなりに熟慮され、プロの手によってデザインされたもので、小泉総理の言葉ほどのインパクトこそ持ち得なかったものの、それなりに広がりを見せ、社会に強い期待感を与えた。

 2009年8月30日投開票の第45回衆議院議員総選挙の投票率は69.28%と小選挙区制が導入されてからもっとも高い数字を記録し、民主党は308議席を獲得した。また同年9月の鳩山内閣発足時の内閣支持率は72%に達し、民主党支持率も42%であった。

 だが期待感は長くは続かなかった。2009年がピークで、完成すると同時に綻びを見せることになった。政権が動き出すやいなや統治の知恵と手法、経験の不足が露呈した。

 子ども手当などマニフェストに書かれていた目玉政策を実現するための財源は十分に確保できなかった。新語・流行語大賞にも登場した「埋蔵金」を発掘することはできなかったのである。

 政治主導を掲げて事務次官会議の廃止など官僚機構の改革に着手するも、混乱を招き、事業仕分けなど衆目を意識し過ぎたことで政治ショーと化した施策も少なくなかった。

 徐々に「新しい政治」と民主党に対する期待感は失われていった。挙げ句の果てに、鳩山内閣は普天間基地移転に関する一貫しない発言の責任をとるかたちで辞職した。新しい政権は一年に満たない在任期間の短命政権であった。

 民主党の政党支持率も低調で、2011年に入ると自民党の逆転を許すようになった。2010年の参院選直前に突如、政界で鬼門とされる消費税増税に思いつきで言及したことも影響し敗北を喫したことで、安定した政権運営がいっそう難しくなった。

※出典「NHK放送文化研究所・政治意識月例調査・2009年」より

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最終更新:5/14(火) 15:30
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