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立浪和義 “竜のプリンス”の躍進と挫折/プロ野球1980年代の名選手

5/15(水) 16:01配信

週刊ベースボールONLINE

どん底の89年

 身体能力は抜群だったが、身長173センチ、体重70キロ。プロ野球選手としては恵まれた体とは言えない。それでも、プロ1年目の右肩に始まり、左肩、腰、ヒザなど満身創痍になりながらも、中日ひと筋で22年の現役生活をまっとうして、通算2480安打を積み上げた。現役を引退したときに、

「努力は当たり前のこと」

 と言い切ったが、それは当たり前のように努力を重ねてきたということでもある。そんな男のプロ2年目、89年は、波乱万丈の現役生活にあって、もっとも苦しい1年だったかもしれない。開幕も二軍スタート。合宿所から電車で数時間かけて、奈良県の病院にも通った。だが、なかなか完治しない。そして、スポーツ医学の第一人者で、ヒジ痛に苦しむロッテの村田兆治ら、プロ野球選手の手術を成功させてきたフランク・ジョーブ博士を頼って海を渡る。手術も視野に入っていたが、ジョーブ博士は「手術の必要はない。周辺の筋肉を正しく鍛えれば大丈夫」と断言。懸命のリハビリが始まった。

 89年は30試合の出場に終わったが、

「もう二度と、二軍に戻ってたまるか」

 と、翌90年には遊撃の定位置に返り咲く。92年には二塁へコンバート。その後は外野や三塁を守りながら、第一線に立ち続けた。中日1年目に与えられて、期待の象徴だった背番号3は、やがて“平成ドラゴンズ”の象徴へと昇華していくことになる。

写真=BBM

週刊ベースボール

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最終更新:5/15(水) 16:42
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