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幻の自民・民主大連立構想 仲介者は渡辺恒雄氏だった

5/16(木) 7:00配信

NEWS ポストセブン

 激動の平成政界史の中に、「幻の自民・民主大連立構想」がある。小泉純一郎氏が総裁任期満了で首相の座から退陣すると、第1次安倍晋三内閣が発足したが、閣僚の不祥事と失言が相次ぎ、2007年参院選で記録的大敗を喫して総辞職に追い込まれた。代わった福田康夫内閣は参院での与野党逆転で政権運営に苦しむ。

 そこに政界を揺るがす“事件”が起きる。小沢一郎氏と福田氏による自民―民主大連立交渉の発覚だった。最後は民主党内の猛反対を浴びて頓挫したが、なぜ、小沢氏は大連立に踏み込もうとしたのか。当時の舞台裏を小沢氏がインタビューで明かした。

──あなたは連立を組むことで政権運営の経験を積むのが大事だと主張していた。

小沢:与党としての経験を積むというのと同時に、もう一つは、福田さんは、(連立を組むなら)ポストも何でもやると、ほぼ言いなりだったから、それによって権力の半分を握れるわけです。そうすると、選挙にも絶対有利だと。だから、庇を借りて母屋を取ってしまおうと。

──連立はどちらから持ちかけたのか。

小沢:最初はナベツネさん(渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長)が僕の知人に言ってきたようだ。それで、僕は「いいよ」と福田さんと会った。そうしたら、福田さんが「あなたのほうから申し込んできたから(会うことにした)」と言う。ナベツネさんが両方に適当なことを言ってたわけです(笑い)。

 だから、「いやあ、僕は別に頼んだわけじゃない。あなたのほうから(申し込んできた)と聞いたんだよ」と言って、一回話を蹴飛ばした。そうしたら、福田さんが「すみません、それはないことにして」と(もう一度申し入れてきた)。

──渡辺恒雄が大連立の考案者だった?

小沢:違うでしょう、それは。自民党にすれば(参院の過半数割れで)片肺だから、何とかしなきゃならないと誰もが思っていました。連立しかないというのが普通の帰結です。それで、仲介者を通じて僕に話がきた。

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最終更新:5/16(木) 7:00
NEWS ポストセブン

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