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巨人・澤村拓一投手はなぜ蛮行を繰り返すのか

5/16(木) 10:45配信

JBpress

 お騒がせ右腕につけるクスリはないのだろうか――。巨人・澤村拓一投手が飲酒トラブルを引き起こし、世間を呆れさせている。4月中旬に東京・新宿の繁華街で見知らぬ一般男性に対して酒に酔った勢いで暴行を働いていたことが一部週刊誌の報道によって判明。澤村が被害者の男性に謝罪して和解も成立しているというが、看過できることではない。しかも澤村は2014年にも東京・六本木で飲酒後、美容師の仕事をしていた一般男性への暴力行為が発覚している。

 一度ならず二度までも・・・。そう思っているのはファンだけではなく巨人関係者も同じだ。今季から就任した原辰徳監督も思い描いていたシナリオがさらに大きく狂ったことで腸が煮えくり返っていることだろう。開幕二軍スタートの澤村を4月6日の横浜DeNAベイスターズ戦で何の前触れもなく先発登板させたのも「実はトレード要員として他球団の反応を探るのが目的だった」とささやかれるなど右腕の処遇には相当腐心していたようだ。いずれにせよ、この試合で澤村は3回4失点とボロボロ。その後に明るみに出た前記の飲酒トラブルと重なれば、そんな〝不良債権右腕〟をトレードで獲得しようとする太っ腹な引き取り手など現れるはずもなかった。

■ 入団時は「エース候補」だったが

 当初は将来を嘱望されるGの大エース候補だった。中大の速球派エースとして名を馳せ、2010年にドラフト1位で巨人へ入団。ルーキーイヤーの11年は200イニングを投げて11勝、防御率2・03の好成績で新人王も獲得した。2年目に2年連続2ケタ勝利を飾って以降はパッとしない時期もあったものの、ブルペンに回ってからも守護神として16年には最多セーブ投手のタイトルを手にするなど、それなりに貢献していたのは間違いない。

 しかしながら、一方でグラウンド外での話題も絶えなかった。11年末には当時日本テレビのアナウンサーだった森麻季さんと結婚。女子アナを生涯の伴侶とし、盛大な披露宴も行って多くの人たちから盛大に祝福されると、誰もが今後のサクセスストーリーを信じていた。ところが僅か1年3カ月後、13年3月にスピード離婚。思えば徐々に澤村の歯車が狂い始めてきたのは、この頃だったのかもしれない。球団関係者は次のように打ち明ける。

 「写真週刊誌に追い回されるようになり、プライベートが面白おかしく取り上げられるようになった。メディアへ不信感を募らせるようになったのも、この離婚のタイミングからではないか。独り身になった寂しさを紛らわせようと酒を飲むことも多くなったしね。結婚生活がうまくいっていれば、今のようなトラブルメーカーになることはなかったように思う。ただ、当時の奥さんも澤村の余りの我の強さに音を上げてしまったのかもしれないが・・・」

■ 筋トレにのめり込み、ついたあだ名が「きんに君」

 ちなみに澤村は17年9月、こんな騒動でもメディアを賑わせている。17年春に球団の専属トレーナーから針治療を受けた結果「長胸神経の麻痺」を患い、コンディション悪化を招いた可能性が高いとして球団側に水面下で診断書を提出。これを認めた球団側から謝罪を受け、同年シーズンはプロ入り後初めて一軍登板機会がなかったが、事実上の公傷扱いとなった。

 しかし球団内だけでなく他球団の間からも「普段からお世話になっている専属トレーナーさんを〝刺す〟ような行動をして何とも思わないのだろうか」「公にならないような別のやり方はなかったのか」などといった声が上がり、物議を醸した。

 こうした澤村の特異な性格面について前出の関係者は、こう補足する。

 「いい意味でも悪い意味でも自己主張が強い。一度正しいと思ったら猪突猛進していく傾向があるのも、その流れでしょうね。他の人が『やめたほうがいいのでは』と忠告しても、なかなか聞く耳を持とうとしない。

 たとえば、一時期にはまり込んでいた筋力トレーニングもそうです。チーム内からオーバーワークではないかと指摘されても、ダンベルやベンチプレスで肉体をパンプアップさせ続けていました。それもあってファンの間でつけられたニックネームは『きんに君』。半分バカにされるような呼び名であったことは明らかで、それを知った澤村もかなりピリつくようになっていましたよ。

 それもあってツイッターではファンの否定的な声をスルーせずにいちいち拾い上げ、大真面目に猛反論しながらケンカを仕掛けたことも何度かあった。グラウンド外の出来事も重なってチーム内でどうしても異端児扱いされるようになったから、段々と浮いた存在になっていってしまいました」

 逆に、意外とナーバスな一面もある。16年の9月4日のことだ。本拠地・東京ドームで打席に立った中日の高橋周平内野手に投げた一球が、どういうわけか三塁側ベンチへと達する大暴投になってしまい、日本国内だけでなく海外メディアにも打電され、世界中から失笑を買う。このシーズンではセーブ王に輝きながら、こうした〝失投〟も含め世間から何かと粗探しされてバッシングされる頻度も増していった。だから翌17年春のキャンプ中に「〝投球イップス〟になってしまったらしい」とまことしやかにささやかれたのも、前年に大暴投などでブッ叩かれ過ぎて精神的に参っていたからともっぱらだったのである。

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最終更新:5/17(金) 18:05
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