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【英雄たちの1/2】国内残留か否か 日韓W杯前年、川口能活は“前例なき海外挑戦”で何を得たのか

5/16(木) 10:33配信

THE ANSWER

新連載「選択――英雄たちの1/2」、国内残留か海外挑戦か2001年に下した決断

 アスリートのキャリアは決断の連続だ。より高みを目指すために選ぶべきは、公立校か私立校か、クラブチームか部活か、高卒プロ入りか大卒プロ入りか、あらゆる選択がついて回る。「THE ANSWER」は新連載「選択――英雄たちの1/2」を始動。トップ選手が人生を変えた2分の1の選択を振り返り、次世代の選手たちが進路選択をする上でヒントを探る。第1回はサッカー元日本代表の川口能活さんだ。

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 昨季限りでプロ25年間の現役生活に終止符を打った“炎の守護神”。長年のキャリアのなかで大きな進路選択となった一つが、2001年10月に横浜F・マリノスからイングランド2部ポーツマスへの移籍だった。日本人GK初となる欧州移籍。シーズン途中からの加入で翌年には日韓W杯を控えているという大きなリスクを背負った上で「国内残留か、海外挑戦か」を悩んだ末に、彼は日本を飛び立った。

 ◇ ◇ ◇

 目の前にチャンスがあらわれたら、その手でつかめばいい。

 リスクを考えたら萎縮していたかもしれない。イングランドで試合に出られなければ、日韓W杯に影響が出てくるかもしれない。しかし川口さんはリスクに目を向けようとしなかった。

 26歳での大きな選択は、17年経っても新鮮な記憶として残っている。

 川口さんは言う。

「マリノスのレギュラーになって、オリンピックを経験して、W杯も経験できました。その次に何かって考えると、海外でプレーしたいという目標が自分のなかで出てきました。アトランタ(五輪)やフランス(W杯)で世界レベルの選手と試合をしたときの楽しさというものを日常にしたかった。自分の力を試したい、レベルアップしたいという思いだけ。チャレンジするチャンスが来たのだから、これを逃がしちゃいけないという気持ちの方が強かったですね」

 移籍が発表されたのは10月下旬。だが秋春制のイングランドは既にシーズンが開幕しており、語学の本格的な習得も渡欧後に始めるために準備不足も懸念された。この時代はサッカー後進国の日本の選手が、欧州でプレーすることがまだ日常ではなかった。まして欧州でプレーした日本人GKは過去にいない。

 パイオニアの難しさを、彼は痛感させられることになる。

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最終更新:5/16(木) 10:48
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