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命の音――『心音』著者新刊エッセイ 乾ルカ

5/16(木) 11:00配信

Book Bang

 
 自分の思うままに奏でられる楽器を持つのは、おいそれと口にできない辛さや悲しみを打ち明けられる親友を一人持つことと、とてもよく似ている。

 大人になっても、そんな友達が欲しくて、いろいろな音楽教室のパンフレットを眺めた末、リコーダー教室の初心者クラスを見学してみた。リコーダーを選んだのは、小中学校で習っていてなじみがあったためと、木製の有名ブランド品でなければ、楽器も安価ですむからだ。

 教室はアンサンブルしかやっておらず、私は少しがっかりした。当時は、大勢で一曲を演奏することに興味がなかったのだ。アンサンブル曲は、一人だと曲にならない。見学には来たが、受講はやめようか。そんなことを教室の片隅で思っていると、『エーデルワイス』の演奏が始まった。

 ソプラノ、アルト、テナー、バス。それぞれのパートが異なるメロディを奏で、とけあう。高い技巧を持たないはずの初心者クラスの演奏なのに、その音の美しさに心を奪われた。主旋律を受け持つパートは、曲の進行で変わっていく。確かに一つ一つばらばらになれば、『エーデルワイス』ではなくなるだろう。しかし、それぞれが集まって生まれた音は、彼らだけが奏でられる『エーデルワイス』だった。

 受講を始めて間もなく、発表会があった。新人には荷が重く、さすがに辞退しようと思ったが、先生は私にも担当パートをくださった。一部、指が追い付かない難所があった。リハーサルで初めて上手くいき、本番では失敗した。しかし先生や教室の仲間はそれでいいと責めなかった。「一人ひとり違う音があるから、今日の演奏も唯一無二になる」のだと。

 いるだけでなにかは変わる。だから、すべての音に価値はあると、そのとき教えてもらった。

 この世界中に満ちる命の音も、そうだろうか。

 そうであってほしいと思う。

[レビュアー]乾ルカ(作家)
1970年北海道札幌市生まれ。2006年に「夏光」でオール讀物新人賞を受賞してデビュー。’10年『あの日にかえりたい』で直木賞候補、『メグル』で大藪春彦賞候補となる。

光文社 小説宝石 2019年5月号 掲載

光文社

最終更新:5/17(金) 12:01
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