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海外文学が面白い! いま話題のミュージシャン、ミツメ・川辺素が愛読書を語る

5/17(金) 12:11配信

GQ JAPAN

ケン・リュウ『紙の動物園』古沢嘉通編訳、ハヤカワ文庫、2017年

──『紙の動物園』は、2012年に短篇「紙の動物園」でヒューゴー賞をはじめとした数多くの文学賞を獲って話題になったケン・リュウの短篇集です。手に取ったきっかけは?

川辺:ドラムの須田(洋次郎)からテッド・チャンの短篇集『あなたの人生の物語』を勧められてインターネット書店で買ったときに、関連作品として『紙の動物園』が出てきたんです。マジックリアリズムも近いですが、現実とSF的な要素が入りまじっている作品が好きなので、特に表題作は面白かったですね。

舞台はアメリカのコネチカット。主人公は、アメリカ人の父と、父が結婚紹介会社のカタログで選んで買った中国人女性との間に生まれ、幸福な幼少期を送ります。ところが成長するに従って、自らの家庭が周囲と異なる環境であることを自覚し、次第に英語もしゃべることができない母親を拒絶するようになってしまう。ただ、心理的に離れていく主人公と母親のどちらかに感情移入させるような書き方はされていない。だけど、むしろどっちかの気持ちに寄り添いすぎていないところが、この作品のリアリティを高めていると思いました。

──3冊の共通点でもありますが、『紙の動物園』において登場人物の感情は淡々と描かれています。同じことがミツメの楽曲にもいえると思うのですが、いかがでしょうか。

川辺:僕は、リスナーの“エモさ”に訴えかけようと狙ったらダメだと思っているんです。直接的な感情表現や、感じてもらいたいことを歌詞にするのではなく、感情を差し挟まずに何らかの事象だけを描く。そのことによって、自分も含めて聴く人がいまだ意識したことのない感情や、あるいは漠然と感じていることに対する新たな視点をひらくことができたらいいなと思っています。もちろんどうしても主観は滲んできてしまうけど、滲むくらいがいい。だから小説にしても淡々としたものが好きなんです。

アゴタ・クリストフ『悪童日記』堀茂樹訳、ハヤカワepi文庫、2001年

──最後に、戦時下のハンガリーが舞台の『悪童日記』を選んだのはなぜでしょうか?

川辺:絵本や童話のように始まる物語がどんどん恐ろしい方向へ展開していく様子が、いまむしろ非常に新鮮かつリアリティがあると思ったんです。ジョージ・オーウェルの『一九八四年』のようなディストピアに近いけれども、もっとリアルな怖さが描かれているような気がしました。

ここ数年、小説に限らずディストピアをテーマにした作品に出会うことが増えていますが、作り手が本当に表現したいことが描かれている作品が少なく、いまや新鮮さを失いつつあるように思うんです。でも『悪童日記』の、卵が手に入らなくなって食糧がじゃがいもしかなくなってしまったり、頻繁に外国人兵士が行き来するようになったり……だんだんと生活が悪くなっていく様子の描写は、とてもいまの現実に近いと思う。生活の些細な変化から、目に見えないところで起こっている世界の変化を感じとるような想像力を失ってはいけないと思います。

──そうした実感をミツメの作品に落とし込むことはありますか。

川辺:世の中が悪くなっていく感覚とはちがうかもしれませんが、創作を通じて、自分が普段感じていることの先へと想像力を働かせたい。たとえば、『Ghosts』に収録している「エックス」や「ふたり」という曲は、自分が抱えている漠然とした不安や疑問を深く掘りさげて、その問題の遠くへと視線を投げかけられるような歌詞になったと思います。自分が意識的に考えられることは、たかがしれている部分があるんですよね。思いついたことを膨らませていく過程で、ようやく考えたこともなかったような表現に辿り着くことができるんです。

本を読むときも同じで、僕は自分には思いつきもしない視点を求めて、いろいろな本を手に取っているのかもしれません。


ミツメの音楽は、わたしたちに受け取り方を強いることなく、その想像力を遠くまで運んでくれる。それは優れた本と音楽に共通する魅力なのだろう。


川辺 素(かわべもと)
PROFILE
バンド「ミツメ」のボーカル・ギター。ミツメは2009年、東京にて結成した4人組のバンド。オーソドックスなバンド編成ながら、各々が担当のパートにとらわれずに自由な楽曲を発表し続けている。

文・杉本航平

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最終更新:5/17(金) 12:11
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