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起業への熱情が引き寄せた、サイバーエージェントとの縁

5/17(金) 17:00配信

幻冬舎ゴールドオンライン

今回は、キーエンスからサイバーエージェントへと転職したプロセスを見ていきます。※サイバーエージェントのグループ企業で、日本最大級のクチコミ数を誇るウエディング情報サイトを運営する「ウエディングパーク」。キーエンス出身の敏腕営業が飛び込んだネットビジネスの最先端で、時代の寵児・藤田晋氏とかかわりながら育てたサイトは、これまで何度も危機を乗り越えながら、現在の地位を獲得しました。本連載は、書籍『僕が社長であり続けた、ただ一つの理由』から一部を抜粋し、熱血社長による、ウエディングパーク立ち上げの道のりを紹介します。

「勝ち癖」を知ったキーエンス時代だったが…

キーエンスでは、僕は実際に「勝ち」を体感することになります。やるべきことをきちんとやっていれば、必ず勝てる。そんな思考回路も得ることができたのでした。勝ち癖を知った、と言い換えてもいいと思います。

入社後、まず驚いたのは、徹底的に準備をさせられたことです。アポイントに行く前には、どんなお客さまのところに行き、何を話して、どう着地するのかを、事前に先輩とロールプレイングします。これが、何度も繰り返し行われるのです。

また、移動時間や訪問についても細かな指摘を受けました。僕は滋賀県の営業担当でしたが、アポイントを取るときに、どう取れば効率的なのかを常に問われました。「その取り方は無駄だ」とよく言われました。移動の仕方も、「その道はやめたほうがいい」などとアドバイスされる。無駄を省く訓練を、外出報告のたびにされるのです。

しかも、こうしたことが細かく指標化され、ランキング化される。「勝手にやっておいて」ではなく、きちんと丁寧に指導が行われ、誰がやっても結果が出るように、という上司の教育ポリシーがありました。だから、僕自身も1年目からレベルを上げやすかったのだと思います。

ウエディングパークでは、マネジメント層の部下に対する細かなケアやフィードバックが「ベンチャーらしくない」と言われることがあるのですが、これはひとえにキーエンスでの経験によるものです。

そして、僕がたまたま配属された新大阪の営業所の所属グループは、僕が入社した年、日本一になります。僕自身も、新人の中で全国2位の成績を残すことができ、2年目には営業の西日本代表としても表彰を受けました。

チームが結果を出し、そこに自分も一人の営業として貢献できたことは、大きな成功体験でした。仕事をする喜び、結果を出す喜び、勝っていく面白さ、成功して見る景色の素晴らしさを知ることができました。

また、成果には会社も報いてくれます。出した結果を、年齢に関係なく評価してくれました。これも心地良いことでした。結果を出せば評価され、会社をつくっていける、動かしていける、ということが分かったのも、このときのことです。

しかし、入社3年目となった2000年、僕の心は揺らぐことになります。この年はいわゆるインターネットバブルの年。理系だったけれど営業も向いているな、と自信を深めていましたが、社長になって経営したい、という夢に変わりはありませんでした。

相変わらず、家に帰っては、経営者の本を読んだりしていましたから、いつになったら次のステップに進むことができるのか、分からずに悶々としていたのです。キーエンス社内では、社員の間で起業しよう、などという雰囲気はまったくありませんでした。

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最終更新:5/17(金) 17:00
幻冬舎ゴールドオンライン

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