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【懐かしの助っ人】MLB通算382本塁打、ハワードの打撃とは?/伊原春樹コラム

5/18(土) 10:59配信

週刊ベースボールONLINE

月刊誌『ベースボールマガジン』で連載している伊原春樹氏の球界回顧録。4月号では懐かしの助っ人に関してつづってもらった。

メジャーで本塁打王2回

 私が初めて外国人選手とともにプレーしたのは西鉄のアーロン・ポインターだった。1971年、ドラフト2位で私は西鉄に入団したのだが、その前年にポインターは来日。1年目は126試合に出場して打率.260、22本塁打、16盗塁とそこそこの成績を挙げていたが、2年目は.186、3年目は.208と打率も下降した。長打力はあったが確実性がなく、守備や足も特筆すべきものがなかったので、あまりプレーで印象は残っていない。

 それよりも脳裏に焼き付いているのは、その容姿。黒人だったのだが、俳優のデンゼル・ワシントンをさらにいい男にしたような感じ。聞くと、4人の妹はアメリカで有名なポインター・シスターズというコーラス・グループを組んでいたという。とにかく、性格もマジメ。黒人特有の陽気な面はなく、物静かな紳士だった記憶がある。

 太平洋となった73年、来日したのがドン・ビュフォードだ。メジャー通算10年で1203安打を放ち、36歳で日本へ。1年目は打率.242に終わったが、翌年はリーグ2位の.303をマークした。思い切りのいいバッティングに全力プレーが売り。助っ人にしては珍しく内外野を守ることができ、打順も一番から四番までこなした。

 ビュフォードとは逆に“お騒がせ”外国人だったのが74年に太平洋の一員となったフランク・ハワードだ。身長200センチ、体重130キロの超巨漢。ドジャース時代に新人王に輝き、ワシントン・セネタース時代には本塁打王2回、打点王1回に輝くなど、メジャー・リーグ通算16年で382本塁打をたたき出した大砲だ。

 抜群のメジャー実績を誇るだけに打撃を見るのが楽しみだったが、確かにすごかった。37インチの“物干し竿バット”を手にしたフリー打撃ではポンポン場外へ打球を飛ばす。詰まった当たりでもスタンドインさせるパワーがあり、柔らかさも兼ね備えていた。佐世保かどこかで行われたオープン戦でいきなり場外弾もぶち込んだ。本当にどんなにすごい結果を残すか楽しみだった。

 しかし、日本ハムとの開幕戦で右飛、三ゴロ失、四球に終わると右ヒザの痛みを訴えて交代。その後、当分の休養と発表されたが、結局戦列に復帰することなく、そのままフェードアウトしてしまった。

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最終更新:5/18(土) 11:51
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