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東京は黄金の市場! 「駅前は儲からない」を覆し、首都圏かためたラーメン日高屋

5/18(土) 0:10配信

NIKKEI STYLE

《連載》仕事人秘録 ハイデイ日高会長 神田正氏(11)

ラーメン店「日高屋」の創業者、神田正・ハイデイ日高会長の「仕事人秘録」。高収益を続けられるコスト構造の秘密を明かします。

店舗数は着実に増えているが、エリアは首都圏に限定し、急拡大はしない。

東京は黄金の市場です。これまで競合他社は東京の中心部を敬遠していました。賃料も人件費も高い、特に駅前立地は固定費負担が重くてもうからない、と。でもそれは誤解です。深夜マーケットを捨てている「マクドナルド」や、アルコール類の売上比率が低い「吉野家」がやれている場所であれば、中華業態は必ずもうかると確信しています。営業時間を延ばせば賃料負担は軽減できるし、人件費はアルコール類の粗利益で捻出できます。

店の売り上げに対して賃料が十数%、人件費が30%前後、などと積み上げていくと、店の営業利益は20~30%取れる計算です。駅前立地の集客力を考えれば無理なくもうかる収益モデルです。全社の売上高営業利益率は10%を超えていますが、店ごとに収益構造をきっちりかためているから、何年にもわたって高収益を維持できているのです。

競合が駅前を敬遠しているうちに、首都圏を固めようと積極出店しました。出店候補地はまだたくさんありますから。一方で、店舗ごとに収益モデルを確立して、従業員の教育を行き届かせるには時間がかかります。いい物件が手に入っても、手間をかけるべきところは譲れないので、出店数は年間30前後に落ち着きます。

2014年、セントラルキッチンの行田工場(埼玉県行田市)を拡張した。

行田工場は05年2月に本格稼働しました。ちょうどジャスダック市場から東証2部に上場した頃です。当時の店舗数は120くらい。300店体制に見合った工場にしようという狙いでした。初めて工場を設けたのは1986年です。「来来軒」はまだ10店もありませんでしたが、各店で出す麺とギョーザの皮を作りました。その後、移転拡張を繰り返し、行田に落ち着きました。いま「日高屋」のラーメンの原価率は27%に過ぎません。その低コスト体制を支えてきたのが生産部門です。

行田工場の拡張は、2006年に、地主の埼玉県が、隣接地が空くが使いませんか、と声をかけてくれたのが始まりです。その時点で300店体制は視野に入っていましたし、まだまだ首都圏で出店できるという見通しもありましたから、30億円を投資して、拡張することにしました。

拡張分も含めて工場全体が稼働すれば600店体制に対応できます。ギョーザを1日に53万食つくる能力があります。これでこの先何年か、供給体制に悩む必要はなくなりました。

3~4店体制のころ、ギョーザのあんを大宮の店でつくってビニール袋に入れて麻袋にくるみ、電車でほかの店に運んでいたことを思うと、感慨深いですね。

次の工場は、中部や関西に店舗網を構えることを想定して、場所を検討することになるでしょう。でもまあ、かなり先の話ですね。

[日経産業新聞 2016年9月23日付]

最終更新:5/18(土) 0:10
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