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天才ダ・ヴィンチの世界に触れる、英王室コレクションを公開

5/18(土) 16:32配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

 英国王室が誇るレオナルド・ダ・ヴィンチの素描コレクションが、厳重に保管されているウィンザー城の外に出ることはめったにない。だが、レオナルドの死から500年目となる今年、2019年は例外だ。5月24日、過去60年間で最大のダ・ヴィンチ展が、バッキンガム宮殿のクイーンズ・ギャラリーで始まり、訪れる人々はレオナルド自身の手によるインクやチョークの作品を目にする貴重な機会に恵まれる。

ギャラリー:天才ダ・ヴィンチの世界に触れる、英王室コレクション 写真11点

「Leonardo da Vinci: A Life in Drawing(レオナルド・ダ・ヴィンチ:素描に見る人生)」と銘打たれた展覧会は、約200点の素描(英王室が所蔵するダ・ヴィンチ・コレクションの約3分の1)を展示し、レオナルドの多岐にわたる好奇心、題材、テクニックに光を当てる。

「最後の晩餐」のデッサン、兵器の設計図、絵画「東方三博士の礼拝」のために描かれた人の手の習作(金属尖筆で描かれた2枚のうち1枚。線が色あせてしまい、紫外線の光を当てなければ肉眼で見ることはできない)、騎馬の脚のデッサン(完成まで至らなかった3体の騎馬像のうち1体の制作用に描かれたもの)、そして波打つ髭をたくわえ少し悲し気な表情を浮かべる男性のインク画などが展示される。

 5月初め、英国王室コレクションの管理を行う団体「ロイヤル・コレクション・トラスト」の版画・素描部門の責任者で、展覧会キュレーターを務めたマーティン・クレイトン氏は、この男性のインク画は、レオナルドの死の少し前に弟子のひとりが描いたレオナルドの肖像画だと特定した。

 今日では、レオナルドの素描は本やオンラインで簡単に見られるようになった。もちろん複製ではあるが、情報をとらえて視覚化するというレオナルドの類まれな能力は感じ取れるだろう。しかし、その芸術性を実物で見るのは全く異なる経験だ。

 昨秋、私はその大変な名誉にあずかり、ウィンザー城を訪れた。作品から浮き上がる質感やシミは、創作の力強さを物語っている。淡彩やチョークの色の深み、エネルギーに満ちた筆さばき、そして並外れた器用さ。ギリシャ神話の王妃レダの習作はペン画にインクをぼかして描かれ、「聖アンナと聖母子」の習作である聖母の袖は、白地に映える赤と黒のチョークで驚くほどの透明感を出している。「複製では、これだけの色調と繊細さ、そして生命を再現することは不可能です」と、クレイトン氏は語る。

 レオナルドの才能は、細かな線影や走り書きを通して進化し、天文学、建築学、解剖学、その他あらゆる学問への理解を深めた。彼の描いた逆子の胎児の絵はよく知られているが、それと同じページにはほかにも小さなスケッチがいくつも描かれている。それらを見ると、胎盤の仕組みや、丸まっていた胎児が出産時にどのように頭を先にして出てくるのかなどを理解しようとしていたレオナルドの努力がうかがえる。彼の絵は、彼自身の実験だった。「自分の想像力で遊んでいたんです」と、クレイトン氏は言う。

 意外なことに、原画は彼の作品を受け継いだ人々によって手が加えられていた。レオナルドは、自分の素描を弟子のフランチェスコ・メルツィに遺していた。1519年5月2日にレオナルドがこの世を去った後、メルツィはそれらを相続して約50年間保管し、一部を分類しようと試みたが、どれも理解に苦しむ、てんでばらばらな内容だった。何とか整理しようと番号を振ったり、ほかのページから一部分を切り取って似たようなテーマのものとまとめようとした。例えば有名な「グロテスク」と題された一連の作品には、大きく突き出た顎と膨れた唇の醜い人間の顔の絵がまとめられている。

 私が訪問した際、クレイトン氏は一枚の紙葉を取り上げ、その努力の跡を見せてくれた。紙葉は、上部と脇が一部切り取られていた。「メルツィが切り取った個所です」。残りの部分には、表にも裏にも、若い男性の横顔、豪華なドレス、水圧器、食道と胃など、互いに全く無関係なテーマの絵が無秩序に描かれていた。

 1570年前後にメルツィが死去した後も、作品には手が加えられた。素描を手に入れた彫刻家のポンぺオ・レオーニは、それらを少なくとも2冊の革装の冊子にまとめ、そのうち1冊が最終的に英王室のコレクションに収められた。234枚の紙葉をまとめ、約600点の素描を1冊に載せるのは大変な作業だっただろう。それを物語っているのが、イタリア北部の都市イモラの地図だ。縦と横に折り目が入っていたことから、原画が四つ折りにされていたことがわかる。おまけに、折り目の中央はすり減って穴が開いていた。

 イタリア、トスカーナ州南部の町ヴァルディキアーナの精緻な地図も、別の意味で特徴的だ。地図上の文字が普通に左から右へ読めるように書かれているのだ。おそらく、レオナルドはこれを委嘱されて作製したと思われる。というのも、クレイトン氏によると、レオナルドが自分のために描いた作品の多くは、鏡文字で右から左へ書かれている。紙の裏には、雑に描かれた横顔(レオナルドのものではないと、クレイトン氏は断っている)と、封印用の赤いろうの欠片がついていた。恐らく、地図を板などに貼り付けていたのだという。「考古学的にこれらの作品を検証してみると、とても面白いです」

 角がすり減っていたり、汚れやシミ、水の跡がついていたり、レオナルドの原画はどれも、数百年の時の流れを感じさせる。そのすべてを間近で見る機会は、めったにあることではない。今年は、様々な形でその機会に巡り合える年だ。現在、イタリアのトリノ王宮では「鳥の飛翔に関する手稿」を含む50点以上のレオナルドの作品が展示され、ベネチアのアカデミア美術館でも、有名な「ウィトルウィウス的人体図」のほか、24点が展示されている。

 ロンドンにあるバッキンガム宮殿クイーンズ・ギャラリーの展覧会は10月13日まで開催され、多くの来館者を見込んでいる。今年はすでに、英国各地で12の小規模な王室コレクション展が開催され、予想をはるかに上回る100万人の観客が訪れた。ロンドンの後は、スコットランド、エジンバラにあるホリールード宮殿クイーンズ・ギャラリーで、最後の展覧会が11月後半から2020年3月中旬まで開催され、80点の素描が展示される予定だ。

 レオナルドの素描はすべて、学ぶことへの飽くなき情熱の証である。クレイトン氏は言う。「彼が現代の私たちに教えているのは、自分の専門外の分野へ目を向ければ、インスピレーションを得られるということです。可能性を感じることができるのです」。それは、誰もが自分のなかに持っている素晴らしいものに火をつけてくれる、そんなものの見方なのだ。

文=Claudia Kalb/訳=ルーバー荒井ハンナ

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