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コンコルドはなぜかくも厄介な旅客機だったのか? ― 超音速飛行をめぐる波瀾万丈の物語

5/18(土) 21:10配信

エスクァイア

「コンコルドの旅に対して、『期待や憧れを持つな』というのは無理というものです。乗客がそこで実際に経験したことは、期待を大きく上回るものではなかったとしても、期待外れのものでは断じてありませんでしたので…。この超音速機に搭乗する乗客は、それが『2度とない経験』であることがわかっていたのです。超音速で飛行しながら、客室のディスプレイに映った水平線のカーブを目にした乗客は、地球の丸さがわかるほどの高度を自分が飛んでいることを実感して、ゾクゾクするような興奮を覚えたのです。あれで感動しなければ、よっぽど鈍い人に違いありません」

 コンコルドのエンジンは1時間に6770ガロンの燃料を消費するので、チケット代金は4桁になってしまいます。その金額に見合うだけのフライトにするため、最高級のサービスと素晴らしい設備が提供されました。

 2019年に行われたCNNの取材で、「会員制クラブの中に足を踏み入れたんじゃないかと思ったよ」と語ったのは、ブリティッシュ・エアウェイズのコンコルドで客室の改装を受け持ったメインテナンス・チームの一員、トム・フォード氏です。

 「自分の知らなかった世界を、垣間見た気分だったね。上品で心配りがあって、隅々まで洗練されていた…。下にも置かないもてなしを受けていると思わないほうがどうかしてるよ」。

 乗客は飛行中にシャンパンで乾杯し、キャビアベルーガ(オオチョウザメのキャビア)を口にすることもできたのです。コンコルドの客室はとても狭くて、天井の高さは180センチあまりとかなり窮屈なのですが、不平不満を口にする人はほとんどいませんでした。

 「その理由のひとつは、コンコルドのチケット代が高額だったことで、この飛行機に引き寄せられた常連客の多くは、役員クラスのビジネスマンでした。娯楽など必要としていなかったわけです」と、ジョナサン・グランシー氏は語っています。続けて、「もちろん、そんな乗客でもおしゃべりはします。ですが、多くは機内で仕事をしていたわけです」。

 それでもコンコルドの豪華さや最大の魅力である、マッハ2のスピードで飛行することのスリルの背後には深刻な問題が潜んでいました。

 当初は16の航空会社から注文が舞い込んだコンコルドでしたが、1973年のオイルショックで、音速旅客機の需要が一気に減少してしまいます。トータルでは、実際に製造されたコンコルドはわずか20機にとどまり、そのうち6機はプロトタイプのままだったのです。

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最終更新:5/18(土) 21:10
エスクァイア

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