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ものづくり大国・日本を支えてきた世界最強の「工作機械産業」とは?

5/18(土) 12:20配信

Wedge

――工作機械産業が世界一になるのに大きく貢献した企業が日本のファナックであると。

柴田:1956年に富士通信機製造株式会社、現在の富士通は通信機器事業の他に、コンピュータ事業とコントロール事業という新しい分野に参入しようと決めていました。コントロール分野が後のファナックになります。ファナックは、もともと富士通の社内新規事業としてスタートしたのです。富士通は通信機器事業がメインの企業でしたから、まったくの異業種から参入でした。現在、車の自動運転開発に自動車メーカーだけでなく、グーグルなどが参入していますが、そのイメージに近いですね。それが今から50年前の日本で起こったのです。

 当時の富士通の尾見半左右(はんぞう)技術担当常務が新規事業であるコントロール分野とコンピュータ分野の大きな方向性を示し、それぞれのプロジェクトリーダーの稲葉清右衛門さんと池田敏雄さんは、方向性の枠内であれば「何をやっても良い」とかなりの裁量を与えられました。

 当時、工作機械は1ミリの100分の1ほどまでの精度を職人技で切削や加工をしていました。工作機械に職人技ではなくコンピュータによる自動制御装置を付ける発想は、1952年にマサチューセッツ工科大学で試作されたNCフライス盤にまでさかのぼります。この論文やカリフォルニア大学バークレー校の高橋安人(やすんど)教授の論文などが紹介された1956年の早稲田大学での学会に出席したことを契機として、稲葉さんはコントロール事業のテーマをNC装置にすることに決めました。

 NC装置やCNC装置は、工作機械の「頭脳」にあたり、工作機械をコンピュータで制御する役割を果たします。NC装置の工作機械への導入が、この分野で日本が勝ち上がった最大の要因です。また日本の工作機械メーカーのほとんどはNC装置の開発をファナックや三菱電機に任せました。一方、アメリカの場合、工作機械メーカーが各社で独自のNC装置の開発を行っていました。その違いもまた日本とアメリカのその後の明暗をわけた要因です。

 ここで言うNCとは数値制御のことで、NC装置とCNC装置については現在ではほとんど区別されることはないので、同義と考えてください。

――開発途中では、インテルとの共同開発を行ったことが大きかったと。

柴田:1975年当時、インテルの主力事業は半導体メモリでしたが、MPU(マイクロプロセッサ)を新規事業としてはじめていました。1975年にファナックが主導し、NC工作機械にインテルのMPUを採用しました。これはパソコン産業よりも6年早くMPUを導入したことを意味します。ところが当時はMPUを世界で使った人は誰もいない状況でしたから、多くの不具合が発生し、解決のためにファナックとインテルは緊密な共同開発を行ったのです。

 結果として、現在でもファナックの他に三菱電機といった日本勢が大きなシェアを占めています。ドイツではシーメンスが強い。アメリカのGEはこの分野から撤退しました。

――中国や台湾などの新興国も工作機械産業に参入しているのでしょうか?

柴田:リーマン・ショック以降、中国は公共投資やインフラ開発の後押しを受け工作機械産業で世界最大の生産高を誇っています。しかし技術力は日本やドイツの企業に比べ劣ります。

 2015年に中国は「中国製造2025」を発表し、重点産業分野を10個打ち出しました。そのひとつが高性能なデジタル工作機械です。NC工作機械のことです。中国の生産高は世界一ですが、まだローエンドなものが多く、技術力では先進国に追いついていないのです。そのため、この分野での技術力を高め内製化しようというのが中国政府の狙いです。

――いち早くNC装置を導入したことで日本勢が大きなシェアを占めるようになったんですね。現状の日本企業は、新規事業への参入、イノベーションなどが大きな課題だと指摘されます。経営学的に見て、ファナックや富士通から学べることとは?

柴田:新規事業を立ち上げる上で、どの事業領域に進出するか一つの重要な課題になります。ファナックの場合、尾見常務がコントロール分野とコンピュータ分野という大きな方向性を示しましたが、実際に各分野のなかでどの事業を展開するかは各リーダーが決めた。要するに、トップとミドルがうまく協同したわけです。

――トップの関与が重要ということでしょうか?

柴田:トップがどれくらい関与したらいいのかは、企業の文化や歴史、慣行、産業特性によります。たとえば、スティーブ・ジョブズが健在だった頃のアップル社は、ジョブズがかなり細かい部分まで関与していたと聞きます。ただしアップル社がそのやり方で成功したからといって、ジョブズのようにトップが細かい部分まで関与することで、他の企業でもうまくいくかといえば決してそうではない。

 新規事業やイノベーションを起こす企業の意思決定のタイプは、大きく3つにわかれます。アップル社のようなトップダウン型、ファナックのようにトップとミドルの協同型、最後にMPUを開発した当時のインテルのようなボトムアップ型です。どれが良いかは企業の状況によっても変わります。

 私は新卒から10年間、ファナックで勤務していました。当時ファナックは、トップダウン型でしたが、現在はさまざまな部署に権限を分散させる集団指導体制に移行しています。同じ企業でも、時代や産業の状況変化などに合わせて、最適な意思決定の仕組みは変化するものです。

 また、現在の日本の企業を見ていると目先の業績に囚われすぎて、判断が近視眼的になる傾向があるようです。経営者がROE(自己資本利益率)や収益性で評価されるようになったために、在任中になるべく早く結果を出さないといけないという暗黙の力が働くのでしょう。ただ、ファナックやインテルの例を見てもわかるように、革新的な新規事業を立ち上げるには10年近くはかかります。目先の評価が強すぎると、革新的なイノベーションは出にくくなるのでは、と危惧しています。

 この状況は残念ながら大学でも同様です。これから先、日本の大学からノーベル賞受賞者が出なくなるのではないかと危惧されています。大学の研究者の評価も論文の数などで短期的に評価される。そうなると、短期間で執筆できる研究テーマを選ぶ。それではインパクトのある研究はできません。

――出版後の反響はいかかですか?

柴田:工作機械産業というニッチな産業をテーマにしたにもかかわらず、予想以上の反響で驚いています。

 経営者の方々からの反響もありましたし、社員に読ませたいのでということで、100冊購入してくれた経営トップもいました。また日本経済新聞夕刊の書評では、とても高く評価していただきました。上級技術者や経営者の方々に手に取っていだき、日本の産業の将来を考えるためのヒントになればうれしいですね。

本多カツヒロ (ライター)

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最終更新:5/18(土) 12:20
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