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さながら“奇想の宝石箱” 香港出身ミステリー作家の17篇

5/18(土) 11:00配信

Book Bang

 香港出身のミステリー作家による十七の短篇・掌篇を収めた本書は、さながら奇想の宝石箱である。標題のディオゲネスとは古代ギリシャの哲学者で、ひとりで大樽に住んでいたという。本書の作品群もまた、大都市の喧騒に背を向けた作者が、自身の感覚のみを信じて孤独に執筆したものらしい。

 現代のディオゲネスは本書にもしばしば登場する。劈頭を飾る「藍(あお)を見つめる藍(あお)」の主人公、藍宥唯(らんゆうい)は優秀なソフトウェアエンジニアだが、自宅では〈群青の家〉というブログに日々投稿される若い女性の生活雑記を耽読する一方、猟奇的な闇サイトを閲覧する趣味も持つ。彼は悪質なストーカーなのか、それとも……驚きの真相はぜひ読んで確認してほしい。また、道ゆく人々がみな頭上におぞましい異物を貼り付けている幻影に主人公が苛まれる「頭頂」も、都市生活者の孤独と不穏さを見事に描出している。

 ただし、この作者はグロテスクな心理を抉るだけでなく、「サンタクロース殺し」や「時は金なり」などでは、荒んだ世界に一筋の人情味を添えるのを忘れていない。それは本書を代表する二篇「作家デビュー殺人事件」と「見えないX」にも見られる美質で、いずれもミステリー業界やミステリー小説の構造をメタ的に捉えた快作だが、切れ味の鋭さが決して才智のひけらかしと感じられないのは、すべての人物に情が通い、現実味を備えているからだ。

 他の収録作も、本格SFとミステリーを融合させた「カーラ星第九号事件」、日本の戦隊モノへの愉快なオマージュと思しき「悪魔団殺(怪)人事件」など、多彩な輝きを放っているが、一貫して感じられるのは、作者が自作に込めた深い愛情である。愛が嵩じて各作品と雰囲気の合うクラシックの楽曲をYouTubeにアップさえしている。スマホでその曲を聴きながら通勤通学中に楽しむのが、本書のスマートな読み方かもしれない。ただし、電車の乗り過ごしにご注意を。

[レビュアー]武田将明(東京大学准教授・評論家)

新潮社 週刊新潮 2019年5月16日号 掲載

新潮社

最終更新:5/18(土) 11:00
Book Bang

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