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新宿区の閑静な住宅街に建つ「アトリエ」を散策

5/19(日) 5:50配信

東洋経済オンライン

東京23区だけでも無数にある、名建築の数々。それらを360度カメラで撮影し、建築の持つストーリーとともに紹介する本連載。第13回の今回は、新宿区にある「佐伯祐三アトリエ記念館」「中村彝(つね)アトリエ記念館」を訪れた。

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 芸術家の住まいというのは、その創意が反映された美しい館であることが多い。この連載でも以前に取り上げた、日本を代表する彫塑家・朝倉文夫の自邸でありアトリエであった「朝倉彫塑館」や、日本画の大家・川端龍子の旧宅・アトリエである大田区の「龍子記念館」など、功なり名を遂げた芸術家は自分の思いのままの館やアトリエを築いている。

 しかし今回訪ねるのは、佐伯祐三、中村彝という、後世名を残しながらも、夭折(ようせつ)し、その才能を全うすることのないまま生涯を終えた画家たちのアトリエである。いずれも復元されたものだが、よくぞ彼らが創作を行っていた現地に、今も存在していてくれたという感慨を持つ建物だ。それぞれが、大正時代に建てられた木造の三角屋根のかわいらしい家だが、ここが芸術の生まれた場であるというオーラが感じられる。

 アトリエの残っているのは新宿区中落合と下落合。大正時代には東京の郊外であり、都心の喧噪を逃れて制作に没頭したいという画家や作家などの文化人が数多く住んだ。また、その周辺は、当時増大していった都市部の中産階級向けの分譲住宅地・目白文化村が開発される土地だった。

■佐伯祐三のアトリエの内部

 最初に訪ねたのは、佐伯祐三のアトリエ。佐伯祐三は、大正時代にフランスに渡り、ユトリロ、ヴラマンクなどに影響を受けながらパリの裏町などを描いた作品で、今も多くの人に愛されている洋画家だ。ただ、30歳という若さでパリで亡くなったため、生前は十分な名声を得ていたわけではない。

 水色のペンキ塗りの建物は、佐伯が東京美術学校(現・東京藝術大学)の学生であった22歳で結婚したときに建てられたアトリエ付き住宅だ。

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最終更新:5/19(日) 5:50
東洋経済オンライン

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