ここから本文です

「子連れでの不妊治療に罪悪感」「2人目を望むのは親のエゴ?」――“2人目不妊”の実情とママの苦悩

5/20(月) 17:32配信

サンキュ!

「卵子の老化」など、妊娠にはタイムリミットがあることが近年、メディアなどでも取り上げられるようになりました。

医療の最前線で活躍するドクターがすすめる「妊活生活術」はこちら

第1子の妊活は広く一般的に知られるようになりましたが、じつは2人目をなかなか授かることができずに悩む人が増加傾向にあります。なかには受診者の約4分の1が2人目の不妊治療を受けているというクリニックもあるそうです。そしてそこには、2人目妊活ならではの苦労や苦悩があります。

現在、神奈川県に在住のMさん(43歳)は、約7年に及ぶ不妊治療の末、ようやく第1子となる長男(6歳)を授かり、その後第2子の二男(3歳)も不妊治療をして授かりました。

“2人目不妊”で感じたつらさや悩みなどについて、当時を振り返って話してもらいました。

(取材・文/みらいハウス 福井良子)

すぐに授かると思ってスタートした第1子の不妊治療

――いつごろから不妊治療を始めたのですか? 

28歳で1歳年上の夫と結婚して、1年ぐらいたったころから不妊治療を開始しました。20代で不妊治療を始めた理由は、卵巣嚢腫(らんそうのうしゅ)があったからです。

初めは産科が併設されているクリニックを訪れ、妊娠から出産までお世話になろうと考えていました。当時はまだAMH検査(※注1)は行われていませんでしたが、医師から「卵子の在庫数が少ない」と告げられ、ショックを受けました。

その後、夫の転勤のため、愛知県から神奈川県へ引っ越すことになり、別のクリニックへ通院することに。しかしそこでも妊娠できず、さらに別のクリニックへ移りました。そこのクリニックでは、体外受精を2回行いましたが、2回とも卵が育たず受精卵ができませんでした。そのとき31歳。「まだ31歳なのに卵が育たないなんて」と相当落ち込んだことを覚えています。

再び、夫の転勤で愛知県に戻ることになり、また違うクリニックで治療を続けました。そのときに以前から患っていた卵巣嚢腫の手術を行ったあと、顕微授精を3回行いましたが、妊娠には至らず、また別のクリニックに通院しました。そこでも卵が育たず受精卵すらできない周期が何度も続き、1年ほど治療をお休みすることにしました。


――一度治療を休んだあと、もう一度取り組むようになったきっかけは? 

やっぱり子どもが欲しい、その思いで再開しました。ちょうどそのタイミングで、人気の不妊専門クリニックが、近くに分院を開院することがわかり、すぐにそのクリニックへ通院することにしました。それからは毎周期休まずに通院しました。

また、そのタイミングで知人にコーチングもお願いしたんです。その方は、ふだんは企業の管理職向けのコーチングをしている方で、不妊の悩みについても特別に相談に乗ってくれました。コーチからメンタル面でのサポートをしてもらったことで、「あきらめなくてもいいんだ」と自信が持てるようになりました。そうして約1年後に妊娠が判明。37歳で待望の長男を出産しました。

※注:アンチミューラリアンホルモン(または抗ミュラー管ホルモン)を測る検査。卵巣の中に卵子がどのくらい残っているかを調べるための血液検査で、卵巣年齢、卵巣予備能検査とも呼ばれる。

1/3ページ

最終更新:5/20(月) 17:32
サンキュ!

記事提供社からのご案内(外部サイト)

サンキュ!

株式会社ベネッセコーポレーション

毎月2日発売

毎日の生活を豊かにHAPPYにする情報誌
【切り取りBOOK】40代なのに貯金がない!?

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事