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ワインとクラシックの共通点。

5/20(月) 8:10配信

otocoto

今回からは、クラシック音楽の鑑賞のコツ指南を軸に、ときには名曲や名演奏家の紹介、時事的なコンサート・レビューなども交えつつ、ますます好奇心が強まり、役にも立つような読み物を、お届けしていきます。


「これからあなたに、ワインの楽しみ方のご案内をいたしましょう」。
ソムリエの資格を持つ、パリ在住の知人(大変な音楽通でもあった)にそう言われて、マンツーマンに近い形でディナーに誘われたことがある。
25年くらい前のこと。だがそのときの体験は、いまも忘れられない。

指定された店は、都心の気さくなビストロで、ワインの持ち込みが可だった。
そこで彼は4本のワインをあらかじめ持ち込んで、店に用意させていた。
どんな料理と組み合わせていたか、持ち込んだワインの銘柄は何だったかは、残念ながら、すべて忘れてしまった。
よく覚えているのは、異なる種類のワインを口にするたびに感嘆する私に向かって、彼が発した、短く鋭いアドバイスである。

彼はこんな感じのことを言った。記憶から再現してみる。

「ワインは五感で味わうものです。味覚だけじゃない。五感すべてを使うこと。感覚のダイナミズムがワインなんです」

「まず、ラベルをよく見て。ラベルにはそのワインについて必要な情報がすべて書かれていますからね。それから瓶の形も」

「ほら、ワインの栓を開けるときの音を注意深く聴いてください。それから、グラスに注ぐときの音も。いい音じゃないですか? この世で最も素晴らしい音のひとつです。私たちがこうしてディナーを開始するときの合図のような音です。ワインは耳で聴くものでもある」

「グラスに注いだら、すぐに飲んではいけません。まずよく色を見てください。その色を眼でしっかり楽しんでください。そして…香りをかぐ。どんな香りがしますか?」

「それからもちろん、ゆっくりと飲む。さっきのワインとは全然違います。びっくりしていますね? その違いを楽しんでください。どの順番であなたに飲んでいただくか、すごく考えたのですよ。そう、こんなにもワインにはいろいろな違いがある」

「飲み込んだら終わりではないです。ワインがあなたの口から喉、食道を通って、お腹の中に行く。ゆっくりと吸収されていく。そのプロセスを感じてください」

「ワインは、私たちが一緒に飲んでいるいまこの場所だけではありません。約束したのは1週間前ですね?そのときから始まっているのです。今日のこの日を待ちながら過ごすのもワインだし、いまあなたとこうしておしゃべりしながら時間を共にするのもワインです」

「そして1週間くらいかけて、いや1か月くらいかけて、ゆっくりとワインはあなたの身体に消化され、滋養となって吸収されていく。今日のこのディナーの思い出はずっと残っていく。もしかしたら一生かもしれません。それもまたワインなんです」

彼は、どこの産地のワインがどうの、銘柄がどうの、といった知識的な細かいことはほとんど言わなかった。高いワインでなければならないなんてことはなく、日本国内のショップで買える安価なワインでも充分いいものは見つけられると断言した。食べ物との相性に関しては、まずもってチーズとワインの組み合わせが大事だ、とも。

彼が私に伝えたかったのは、人生とワインについての関係であり、ワインの知識ではなく、どうやってワインを楽しめばいいかという、感覚と時間の使い方の問題だった。

上記のワインという言葉を、すべて音楽に置き換えることも可能だと気が付いたのは、だいぶ後になってからのことである。

最近は、クラシック音楽を、ビジネスに役立つ知識・教養のひとつだと考えている人が増えている。飲まずに語れるワインの知識、聴かずに語れるクラシック音楽の知識――そんなものが、もてはやされている。

だが、あのソムリエの教えてくれたことが、結局のところ、一番大切だと私は思っている。

最優先すべきは、感覚を、五感を楽しませること。
知識はあくまでも、そのための助けであること。
その時その場だけでなく、前後も含めた、ゆっくりとした時間の推移のなかで、楽しむこと。
そうやって、ワインでも音楽でも、愛の体験として、しっかりと人生の中に抱え込むこと。

それさえできれば、きっともう、怖いものなんかない。

文・林田直樹

最終更新:5/20(月) 8:10
otocoto

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